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2008年8月22日 (金)

目は口ほどにものを言う!

さて、今回もまた、私「ゴル男」が担当させていただく。

題して「目は口ほどにものを言う」である。

またまた前回の「言葉を理解する犬」の話であるが、実は、そんなに多くの「言葉」を理解出来る仔でも飼い主の姿が見えない場合には、正確に理解することが出来なかった場合もあったそうである。

ただし、これは「複数の要素」を含んだ場合に限定されたそうだ。

例えば「椅子に近づいて、乗りなさい」といった場合である。

この際、飼い主が意図的に「机」を見ながら、同じことを言うと、椅子ではなく、机の上に乗ったそうである。

つまり、飼い主の「視線」が正しい行動を決定付ける大きな要素になっていたのだ。

そうは言っても、我々「犬」が相当数の「言葉」を理解出来ることに変わりはない。

人との暮らしの中で、飼い主からの「言葉」とその「視線」から多くのことが出来る、ということは素晴らしい能力と賞賛されて良いと思う。

実際、それほど多くの「言葉」が理解出来なくとも、普通、家族として一緒に暮らしていれば、家族の呼び名とか日常生活で多く使われる言葉は直ぐに理解出来るようになる。

それは、飼い主が我々「犬」に「教えること」を全く意識していなくても、日常生活の中でかなりの頻度で「使っている」からである。

我が家の場合、私を除けば飼い主夫婦以外に人はいないので、あまり多くはないのだが、我が飼い主♂はαのことを「お母さん」と呼び、αは奴のことを「お父さん」と呼ぶ。

そして呼び掛けた側の視線の先には必ず「相手」がいる。

このことから私は「人の社会」では序列第1位の存在を「お母さん」と言い、第二位の存在を「お父さん」と言うのだということを学んだ。

若干の誤解はあるかも知れないが、ほぼ正しい解釈であろう。

また、お互いの呼び掛けの際に「ねえ」とか「ちょっと」とか言う場合もあるが、この場合、その「言葉」には特段の意味はないようである。

多くの「犬」が飼い主の注意を自分に向けたいときに「ワン」と一声吠えるのと変わらないと思う。

その「呼びかけ」に続いて必ず「行動や物」を表す「言葉」が続く。

その中で私にも影響のある「言葉」は何となく分かるようになってきた。

私の場合、特に食べ物を表す言葉には敏感である。

また、先ほど書いたように、我が家の場合、我が飼い主♂とαは常に近くにいるので、お互いを呼び合ってから「会話」が始まることは少ない。

「視線」を合わせた所から「会話」が始まる。

つい先日も夕食時にこんなことがあった。

α「私の言うこと全然聞いてないでしょ!大体、私のことを全然見ていないじゃない」

♂「ちゃんと聞いてますよ」

α「じゃあ、新聞読むの止めてよ!新聞がないとご飯が食べれないの?」

♂「そんなことありませんよ。分かりました。」

α「本当にお父さんって嫌だね!ねえ、ゴル」

どうやら、人間同士の会話も「視線を合わせる」=「アイコンタクト」が重要なようである。

視線を合わせない「返事」は「正しい返事」としては認められないようだ。

我が飼い主♂は自分からの私に対する呼び掛けには必ず私からのアイコンタクトを求める。

それにも関わらずαからの呼び掛けに対してアイコンタクトをもって応えることが少ない。

αに家から追放される前にもっと自分の日常生活を反省してもらいたい。

話を戻そう。

さらに注意深く観察すると、この「アイコンタクト」はずっと見詰め合うことを必要としてはいないようだ。

言わば先方の呼び掛けに対する「返事」=「了解」という合図として、お互いの視線を合わせている。

さらに「人の社会」で「視線を合わせ続けること」は少なく、仮に視線を合わせ続ける場合の意味も概ね二つに分かれ「愛情・友情」か「敵対心」といった特殊な感情を表現しているようだ。

分かり易く表現するならば「愛する二人が見詰め合う」か「敵対する二人が睨みあう」かである。

そんなケースを除けば「人」もお互いが視線を合わせ続けることはない。

見知らぬ人を見続けた場合、その結果、不利益を被ることはあっても、何の利益も生じないようだ。

普通「愛する二人」=「異性同士」に限られる。

つまり、友人同士を除けば、同性同士が視線を合わせ続ける場合、お互いの「敵対心」を表現していると解釈するのが妥当かつ安全と言える。

その辺の解釈を飼い主さんが我々の行動にも広げてくれれば、無益な争いを避けることは十分に可能である。

つまり同性の犬同士がお互いを見詰め合うことにあまり良い結果は望めないと解釈すべきなのだが、これすら理解していない飼い主さんも多い。

安全第一を目指すならば、是非、覚えておいて欲しい。

もちろん、何も起きないこともあるし、一緒に楽しく遊び始めることだってある。

しかし、この辺の愛犬の感情の違いを飼い主さんが理解出来ないことが多い。

だから、無意味な争いが起きてしまうのだし、実際、私も散歩途中で嫌な経験をかなりしている。

さて、ここで、我々「犬」と飼い主さん「人」との関係に話を戻そう。

飼い主さんの中には愛犬に対して必死に「アイコンタクト」を求め続ける方がいる。

そして愛犬が顔を背けると「叱る」などという方までいるようだ。

全くその場の愛犬の気持ちを理解出来ていないのだ。

我々「犬」は基本的に平和主義者である。

相手を見続けることで「挑戦的」と受け取られることを恐れるのである。

だから、視線をそらすのである。

何故、これを理解してくれないのだろうか。

我が飼い主♂も私を見続けることがある、とう言うよりも「睨み続ける」のだが・・・。

この場合、奴は私を本気で叱っていて、私が視線をそらすことを許さない。

つまり、この場合奴は私に「罰」を与えているのだ。

だから、私は日常生活の中で奴の呼び掛けに対する返事としての「アイコンタクト」は求められるが、見続けることを求められることはない。

唯一あるのが、「会話」をしている時である。

でも、これは私の自由であり、強制されることはない。

私が「もう、いっか」と思えば、自分のやりたいことを始めても何の罰も受けない。

奴の訳の分からない無駄話に付き合うのもおもちゃで遊び始めるのも全て私の気分次第である。

だから、我が家の生活は楽しい。

最後にもう一つ、我々「犬」がするかなり意味のあることを書こう。

それは「ちら見」である。

私は何かをしようとするとき、必ず、我が飼い主♂の方をちらっと見る。

散歩の途中でも、必ず奴の事をちらっと見る。

見るといっても、ほんの一瞬のことであり、見続けることはしない。

奴のアイコンタクトを求めている訳でもない。

何故だと思われるか?

これは私と奴との関係を表す上で非常に重要な意味を持つ。

我が飼い主♂は、これがなければ、飼い主さんとの「絆」など無いに等しい位に思っているようだ。

ことの真偽は別にして、奴がそれほど重要なことと思っていることなので、敢えてここで理由を書くのはよそう。

多くの飼い主さんが「そうだ、そうだ」と思っていただけると嬉しいのだが、どうだろうか・・・

さて、今回はこの辺で終わりにする。

次回もまた、何かお役に立ちそうなことを書きたいと思っているのでよろしくお願いしたい。

ということで、次回もまた、乞う、ご期待!

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コメント

お久しぶりですhappy01
視線は大事だと思います。
前にはづパパにも言われた事がありますが・・・
バボは興奮した時は視線合わせようとしてくれないかもbearing
他のときは、だいたい見てくれますが。
興奮した時は座らせておちつかせるようにはしていますが・・・
目を見て会話はしていますよ♪

<バボママさん>
お久しぶりですね~。
バボは元気ですかね?
本当に目線は大事ですよね。
多分、私達よりもワンコの方が、
その大切さを理解しているような気がしますね。
また、涼しくなったら一緒に遊びましょうね。

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