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2008年8月21日 (木)

言葉の使い方

皆さん、今回も私、ゴル男が担当させていただくのでよろしく。

さて、今回のテーマは前回の続きなのだが、犬とのコミュニケーションの中で重要な要素となる「言葉の使い方」について書きたいと思う。

最初に、前回400を超える言葉を理解出来る犬がいたという話を書いたのだが、その話の続きから始めることにしよう。

この犬の場合、飼い主の声の抑揚・大小といった声の出し方に関係なく正確に反応したそうである。

そして、何かの動作を止める際に「もういいよ」「止めなさい」「十分だよ」といった日常会話の中で人が使う言葉でも正確に反応したそうである。

よく犬の訓練やトレーニングの本には「犬の動きを抑えるコマンドは低い声で、動きを促すコマンドは高い声で出す」と書いてあり、鳥とか他の動物の世界でも共通した「声の出し方」だそうである。

前回、「コマンド」を実行することと「言葉を理解する」ことは違うと書いたが、この犬の場合、今、書いた2点のことからも言葉を理解出来ていたことが証明されたのである。

ちなみに私の経験からすると、愛犬に「言葉を教える」という飼い主さんは、非常に少ない。

ほとんどの飼い主さんは、「声の出し方」で愛犬に何かを伝えようとしている。

実際、我が飼い主♂も外では「ゴル」という一言で私に色々なことを伝えようとする。

声の高低、大小別に少し書き出してみることにしよう。

例えば、私を見ながら低い声で「ゴル!」と小さな声で静かに言う場合。

この場合の意味は、我々「犬」の世界での「ウー」という警告の唸り声と同義のようで、多分私に対して「いい加減にしろよ!」といったことを伝えたいのであろう。

この段階で奴の指示に従えば、何も起きない。

そしてこの低い声の「ゴル!」が大声で発せられた場合。

かなりの大声となった場合だと、既に警告を超えており、我々犬の世界で言えば、毛を逆立て重心を前方に移動し、今にも飛び掛らんばかりの状況となっていることを伝えているようだ。

どうも奴の場合、声の大小が「怒り」の大きさに比例しているようだ。

この場合、奴と私との距離と声の大小は無関係である。

単純に私に対する奴の「怒り」の強さ、奴の興奮度合いを表しているに過ぎない。

これまで、奴の気分によって多大なる迷惑をこうむって来た私は、奴の精神状態の変化に非常に敏感である。

結果、そんな時私は、速やかに奴に対して「なだめの行動」をとる。

まあ、なだめの行動と言っても奴に駆け寄り「口元を一舐め」すれば済むのであるが、少なくともその時行っていたことは一時中断せざるを得ない。

奴の場合、私に対して「何故いけないのか」「何故怒っているのか」を教えることよりも単に怒りを爆発させることの方が多い。

本当に困った♂である。

まあ、奴にすれば、ドッグランは「教える場」ではないということなのだろう。

私も身に覚えは十分あるし、好き勝手にやりたい事をやっているので、奴との関係ではお互い様といったところだろうか。

でも、いつも来場者に「あまりワンコを叱らないで下さい」と言っていることからすれば、理不尽な話ではあると思う。

次に普段の会話と同じ音程で「ゴル」と言う場合を説明しよう。

「ゴルー」と語尾が延びた場合、奴は私の存在を確認しようとしているようだ。

つまり、奴に私が見えていないということである。

日常生活の中では、たまに私がどの部屋にいるのか分からないときに使われることもあるが、実際には、ドッグランで奴が私を見失ったときに使われることが多い。

「愛犬の姿を見失う」など、本当に保護責任のある飼い主としてあるまじき行為であり、深く反省してもらいたい!

話を戻そう。

この場合、私が軽く首を上げ、奴から私の姿が確認出来るようにすれば良い。

奴がそれ以上のことを私に求めることはない。

次に「ゴルッ」と軽く、全く通常の会話と同じように発せられた場合だが、これは私と奴の距離が近い場合に限定される。

奴は、次に何かを伝えるために私に「アイコンタクト」を求めているようだ。

その証拠に私が奴に視線を向けると何かの行動を促す言葉が発せられる。

発せられる言葉に決まったパターンはない。

そして、この「ゴル」が高音となり、更に語尾も伸びて「ゴル~」となり、奴との距離に応じて声も大きくなって発せられる場合は、確実に次に「おいで」とか「来い」とかの言葉が発せられる。

まあ、たまに「手招き」なんてこともあるが、要するに私を呼んでいるのである。

最後に奴には全く似つかわしくない声の出し方、つまり、猫なで声で「ゴル」という場合である。

多くの場合、言葉の表現方法とは裏腹に「ワナ」が仕掛けられている。

続けて「ゴル男ちゃん、おいで」などと発せられる場合には、間違いなく「ワナ」が待ち受けているので、私の警戒心は高まる。

奴の呼び掛けに応じて2m程度までは近づくものの、決して奴に捕獲されないように警戒しなければならない。

確実に甘い言葉には必ず落とし穴が隠されているのである。

色々と書いてきたが、私はこのような言葉の使い方は「コマンド」に過ぎないと思っている。

「ゴル」という単語を声の高低、強弱、大小で使い分けているだけなのだから、そんな時の私と奴の間に「会話」など存在しない。

決して正常なコミュニケーションは取られていない。

だから、私はドッグランに居るときは「いつも、ほったらかしにされている」と言うのだ。

確実に保護者としての責任を放棄している。

もっと、「私」と「私との時間」を大切にしろ!と言いたい。

少し長くなったが、ここまで、外に居るとき我が飼い主♂が「ゴル」という一つの言葉を様々な意味で使うことが多いということを書いてみた。

そして、このような「言葉」の使い方は多くのご家庭で使われていることが多いと思うが、実際皆さんのご家庭ではどうだろうか?

「声の出し方」のみに頼りすぎることはないだろうか?

だが、一応奴の名誉の為に書いておくが、このような「言葉」の使い方は「奴と外に居るとき」に限定されている。

理由は簡単、家に居るときには、私とαや我が飼い主♂が離れていることは少ないのだ。

私に呼び掛ける際に「ゴル」と言うことはあるが、その言葉自体に意味を持たせることはない。

呼び掛けの後に、必ず、会話が始まる。

「ゴル、何か喰うか?」

「ゴル、寝るぞ」

中には「ゴル、お前、毎日楽しいか?」などと訳の分からないことまで口にする。

奴の気分は伝わってくることが多いのだが、実際の意味となるとほとんど分かることはない。

でも、奴が私と一緒に居てくつろいでいることや気分が良いことは分かる。

前回と今回で「言葉」について書いてきたが、改めてこう考えてみると我が家では、遊びを通じて正確に「言葉」を教えてくれるαと意味は分からないが気持ちを伝えてくれる我が飼い主♂がいることになる。

この状態が良いのか悪いのか私にはよく分からないが、結構、毎日を楽しく暮らしているので、多分これで良いのだろう。

我が飼い主達も私の気持ちを理解してくれているし、今では叱られることも全くと言って良いほどない。

我が飼い主♂は粗野な人物であるが、我が身に危害を加えるようなこともないので、このまま生涯暮らそうと思っている。

私は、庶民の家庭で暮らすことになってしまった我が身を嘆くことより、現状に自分に合わせることを選んだのだ。

我々「イエイヌ」にとって環境に慣れるということは、何よりも大切な「能力」なのである。

皆さんは自分の愛犬がどう考えていると思われているのだろうか?

現在の家庭に満足しているのだろうか?

飼い主として、自信はおありだろうか?

また、今回も意味深な書き方で終わらせていただく。

次回は、「目は口ほどにものを言う」と題して書かせていただくことにする。

ということで、次回もまた、乞う、ご期待!

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