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2008年3月

2008年3月31日 (月)

祝、卒業!

世間では、卒業式は済んでしまったかも知れませんが、昨日は、私達の「梨園ドッグラン特別講座」の卒業式でした。

最初は、飼い主さんも「不安に満ちた表情」で来園されたのですが、昨日は、皆さん満足げな表情(と言っても写真では分かりませんが・・・)で私達管理人もすごく嬉しかったです。

これからも、とにかく「人もワンコも一緒に楽しむ」をモットーに頑張ります!

と言うことで、今日は昨日のドッグランの「卒業式」の様子を写真でお伝えします。もちろん卒業証書もあるんですよ。

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第一期卒業生のサラ(ワイマラナー)

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第一期卒業生のトレジャー(黒ラブ)

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在校生代表のショコラ

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久々の凪!

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月30日 (日)

帰ってきた!

昨夜、何事も無く、我が飼い主♂が帰宅した。予想どおり、私が家を守りぬいたことへの感謝の言葉も無く、αに「疲れた、疲れた」と泣き言ばかりを言っては甘えていた。

情けない!初老は「愚痴」=「会話」のようだ。

まあ、今はお互いに何事も無かったことを素直に喜んであげよう。私はいつも「寛大な犬」だから。

仕方がないので、私は「熱烈歓迎」をしてあげた。

でも、何故、我が飼い主♂は「定年退職」ばかりを楽しみにしているのだろう?生まれて以来ずっと「無職」の私には理解出来ない。

多分、多くの読者の方も私と同意見だろう。奴には「働く喜び」はないのだろうか?

考えてみれば奴は、「動くこと」が嫌いだし、「不得意」である。ドッグランでもみんなに「何もしないこと」を期待されているようだ。

ある時など、みんながやっとおこした焚き火を「俺もやるよ」と言って、一瞬で鎮火してしまった。みんなの悲鳴がドッグランに響き渡ったことを覚えている。

まあ、役に立たない初老なのであるが、私的には「憎めない初老」なのである。何事をするにしても「悪気」だけはない。それは理解してやって欲しい。

迷惑な初老であるが、たまには良いこともする。

ドッグランを作ったのは、珍しく皆さんに喜ばれていて、他の管理人さんや私も含めた管理犬の努力もあって、見事にリハビリに成功した仔達もいる。

百害はあるが一利もある男である。

いつも、「早く定年を迎えて、ゴル男と毎日を楽しく過ごすのが夢」だと周囲の人に語っているが、私にすれば迷惑な話である。多分、αも私と同意見であろう。

これからも私と奴との生活は続く。色々な苦難も予想されるが、頑張っていこう!皆さん、こんな私も見守って欲しい!

今日はこれからドッグランの管理犬としての「仕事」が待っている。もちろん、ボランティアである。時間もないのでこれくらいにしておく。

次回は、何か楽しい話題を提供したいと考えているので、次回もまた、乞う、ご期待!

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

2008年3月29日 (土)

外泊

さて、昨日から我が飼い主♂が実家の用事でいない。といっても一泊二日なので今夜には帰宅するのであるが、居ると邪魔なのだが、居なければ居ないで少しは寂しい気もする。

普段も金曜日には、実家泊まりなのだが、夜出掛けて土曜日の朝には戻ってくるので、どうということはないのであるが、24時間以上不在というのは、久々のことでもあり、正直、つまらん!

実家に行くと必ず「ゴル男が布団の中にいないと眠れない」とか子供のようなことを言っている位であるから、今回も眠れぬ夜を過ごしたのだろうか?

去年は実家に泊まる度に「ゴル男はどうしてる?映像見せて」とテレビ電話ばかり掛けてきて、αにうるさがられ、遂には「寝てる」とだけ言われ、映像を見せてもらえなかった。

読者の皆さんから、「ゴル男ちゃん、そんなに愛されて幸せね」と言われそうであるが、そんなことは全くない!

奴は、普段少しも私を可愛がったりはしない。相変わらず、「格闘」以外に私との遊び方を学習していないし、私の名前を呼んで「誉めた」ためしがない!

いつも、身勝手な「文句」ばかり言っている。

私は常にこう思っている!

ドッグランで「梨の枝を食べて」どこが悪い!

ドッグランで「命令を無視して」どこが悪い!

ドッグランで「泥水を飲んで」どこが悪い!

ドッグランで「隣の畑に脱走」してどこが悪い!

全て自らの欲求に素直に従っているだけではないか!

それが嫌なら、

私をもっと可愛がれ!

私が素直に従えるように「尊敬すべき飼い主」になれ!

私が離れたくなくなるほど「魅力的な飼い主」になる努力をしろ!

αに泣き言を言う前に努力をしてもらいたいものである。

さて、今回は土曜日だというのにドッグランにも行けず、何となくブルーなので、これくらいにする。

次回は、もっと頑張るので、乞う、ご期待!

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

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2008年3月28日 (金)

犬の願望

さて、今回は予告のとおり、我ら「犬の願望」について書くことにしよう。

「願望」と言っても。我々「犬」は「人」ほど欲深くもないし、気まぐれでもないので、簡単に理解していただけると思う。

とにかく「飼い主」との「絆」を確立したいのである。

我々「犬」は決して「人」を裏切ったりはしない。一度「絆」を確立さえすれば、生涯ともに生きる誓いを立てる。

この「誓い」は人がよく口にする「一生のお願い」などという「いいかげんなもの」では決してないのだ。

この「絆」が確立されるまで、私達「犬」は常に不安と同居している。

自分の側から離れていく飼い主が戻って来ないのでは?・・・分離不安に陥る仔もいる。

自分の願いを飼い主がどう伝えれば理解してくれるのか?・・・欲求吠えや粗相につながる仔もいる。

多くの「犬」の場合、飼い主を選ぶ権利もなければ、犬としての本能のおもむくまま生きる自由もない。

全てが「飼い主次第」なのである。我々は多くを望んだりはしない。たった10の約束を守ってもらえば十分である。

それが「とても出来ない。一つだって無理」と思うのならば、犬との生活など最初から諦めて欲しい。以下の文章は、我が飼い主♂が友人達と活動をともにしているNPO法人Wan's LifeのHPにも載せてある文章である。

我々「犬」からの「願い」と思って読んでいただきたい。

「犬の十戒」

1:私の一生は10~15年くらいしかないのです。
少しでもあなたと離れていることは、私はとても辛いのです。
どうか私を買う前にそのことを思い出しなさい。

2:あなたが私に何を望んでいるかを、私が理解するための時間を与えなさい

3:私を信用しなさい。これは私の幸福には死活問題です

4:長い時間私を叱るのはやめなさい。
そして罰として私を閉じ込めることもいけません。。

5:私に時々話しかけなさい。
たとえ私があなたの言葉を理解しなくても、私に話しかけている時は、あなたの声を理解しています。

6:あなたが私のことをどのように扱っているのか、私は決して忘れないので注意しなさい。

7:私を叩く前に思い出しなさい。
私にはあなたの手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるのに、私はあなたを噛まないだけだということを。

8:私の非協力性、強情さ、怠情さを叱る前に自問しなさい、私がそうである原因が何かあるに違いないと。
正しい食事を与えられてないのかもしれないし、長い時間外の太陽にさらされていたからかもしれないし、
私の心臓が年をとって弱っているのかもしれない。

9:私が年をとっても面倒を見なさい。あなたも同じように年をとるのです。

10:最期の時には私の側に居なさい。「面倒見切れないわ」とか「私が知らなかったことにしよう」などと言わないこと。あなたと一緒が私は1番安心できるのです。
そして、決して忘れてはいけない、私はあなたを愛してることを。

以上である。決してお忘れなく!

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2008年3月27日 (木)

人の願望

今回は、以前から私が不思議に思っていた「人の願望」について、書かせてもらおう。願望と言っても「宝くじを当てたい」とか「豪邸に住みたい」といった欲が絡んだ望みの事ではない。

分かりやすく書くならば、「愛犬に対する飼い主の願望」ということである。

実際、「人」は我々「犬」にどのようになって欲しいのだろうか?

①見知らぬ訪問者に対して吠えて威嚇したりする番犬か?

②子供の遊び相手か?

③飼い主の愚痴を黙って聞く話し相手か?

④飼い主の運動不足を解消するための散歩相手か?

⑤海でも山でも飼い主のお出かけのお供か?

あるいは、その全てか?

実は、我が家の場合、何も求められてはいない。「楽だね~」と思われるかも知れないが、何も無いというのも困ったもなのだ。

何の「目的」もないまま、いいかげんに育てられてきたのである。適当に扱われてきたのである。

私は「小型愛玩犬種」である。飼い主に媚を売り、その膝に抱っこされるのが仕事と書いてある本すらある。「わがまま」が売りとも書いてあった。

ひどい話である。我が飼い主♂はそんな「本」の影響をまともに受けていた。思い出すだけでも涙が溢れてくる。また、涙やけの心配をしなければ・・・。

もっと苦情を並べたいところだが、まあ、私の愚痴はこの辺で止めよう。

我が飼い主♂が「元犬嫌い」であったことは既にご存知のことと思う。また、そのことが私にどんな影響を与えたのかもご存知のことと思う。

結果、私は犬社会における社交性の全く無い「犬」として育ってしまったのである。当然、犬同士のご挨拶は出来なかった。

しかるに今の私はドッグランの「管理犬」なる副業を持つに至っている。「そんな犬」が、である。不思議に思われる方も多いのではないだろうか?

理由をお教えしよう。

我が飼い主♂が望んだからである。私は、いつも色々と我が飼い主♂に対する愚痴を書いている。書いているが私は奴の事が好きだ。毎度毎度とんでもないことをやらかす奴だが、一緒に居て飽きないし、私のためにドッグランまで作ってくれた。

犬嫌いでよその犬に触れることも出来なかった奴が、色々な犬と一緒に遊ぶ努力までしてくれた。

元々、我が飼い主♂とは、毎夜、一緒にいびきを掻きながら寝る仲なのである。くさいおならも嗅ぎあった仲なのである。そんな奴の願いを聞かないわけにはいかないのだ。

それに奴はそのための「環境」も作ってくれた。時間も十分にとってくれた。管理犬仲間にも巡り会わせてくれた。

当然の結果として、私は「管理犬」になれたのである。こればかりは、奴に感謝しなければならないだろう。

さて、ここで一つ、考えてもらいたい。

理論的に考えるならば、最初から「目的」を持って迎えられた「犬」の場合、その目的に沿った育てられ方をしているのが「当然」であろう。百歩譲ったとしても「普通」と言って差し支えないだろう。

だが、現実はそうでもないようである。「運動性能の高い犬」(まあ、運動を必要とする犬とお考えいただきたい)を迎えたのに単なる話し相手をさせようとしたらどうだろうか?

人の場合でも、アウトドア派の方が家から一歩も出られないとしたらどうだろうか?多分、ストレスの塊と化すに違いないと思うのだが如何だろうか?

それに近い状況にあるワンコ達があちこちに存在すると聞く。私は「犬」を「家族」として共に暮らすことに大賛成である。だが、それも「犬」としての「特性」も理解した上での話しではないだろうか?

多くの犬は何ら特殊な仕事を与えられているわけではない。だとしたら、普通の「犬」としての喜びも味わいたいのである。無理なお願いであろうか?

飼い主として愛犬に望むことをはっきりと伝え、また、日々の暮らしの中で愛犬の願いを感じ取って欲しいのだ。

そしてより強固な「絆」を築いて欲しいのだ。私は、それがお互いの「幸福」につながるものと信じて疑わない。

今回も、また、終盤力んでしまい申し訳ない。さて、次回は「犬の願望」として書くことにしよう。次回もまた、乞う、ご期待!

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2008年3月26日 (水)

あ~、勘違い!

私が、我が家に着いてからの悲惨な生活については、以前にも書いたが、一番苦労したのは、我が飼い主♂の教育であった。

幼児期については、既に書いたので、皆さんご存知のことと思うが、もちろん、私の「不幸」はそれだけではなかった。今回は、そのことについて書かせてもらおう。

一番の問題は、我が飼い主♂が私と遊ぼうとしないことであった。定職を持たない私には「喰う、寝る、遊ぶ」以外にすることが無かったので、必然的に奴に遊び方を教えてあげることを「仕事」とするしかなかったのである。

こちらは、何とか奴との関係を築こうと努力していたのだが、先方には全く「その気」が無かったのである。毎日が虚しい努力の連続であった。

幸い、我が家のαは「遊び方」を熟知しており、私も特段の教育の必要はなかったのであるが、我が飼い主♂は全く何も知らなかったにも関わらず、学ぼうとする姿勢すらなかったのである。

まるで、向上心がない。全てが「本」まかせ、「人」まかせなのである。

結果、私は、好むと好まざるに関わらず、「勉強嫌いで登校拒否の生徒に学校への関心を持たせるため日夜努力を重ねる教師の気持ち」を奴によって理解させられた。

ひどい話である。幼心が傷つけられたの間違いない!

当時、奴が私にした事と言えば、「しつけ本」に従った「訓練もどき」の命令ばかりであった。そして命令しては、不遠慮に私の顔をいじり回したり、リードを引っ張ったりしてばかりいた。

本来、奴が最初にすべきだったことは、先ず「私に好かれること!」であり、そのためには、私と「楽しい時間」を過ごすことが一番重要だった筈なのだ。

私から少しも好かれることなく、ましてや尊敬など少しもされている筈もない状況で、私に何を命令しようとも無駄であったのだ。

多分、当時の私の心境を振り返るならば、奴にどんなに懇願されようとも、奴の言うことなどは無視しただろう。間違いない!

奴は来る日も来る日も「おやつ」を片手に、私に対する「命令」を繰り返した。自慢じゃないが、私は食い意地が張っている。頂くものはちゃんと「胃袋」に収めさせてもらったが、「おやつ」無しで奴に従うことは無かった。

「おやつ」は私の「胃袋」できちんと消化されたが、奴の「命令」が私の「脳内」で消化されることは無かった、と記憶している。

賢明な読者の皆さんなら、既にご存知のことと思うが、先ずは「飼い主」と「犬」との関係を強固なものとすることが、最優先課題なのである。

「尊敬」とまではいかなくとも、少なくとも「信頼」されていなければ、「人」が何を伝えようとしても、我々「犬」は耳を貸さない。

人の世界でもそうではないのか?普段から何もしてくれない身勝手な「親」の言うことなど、「子供」は聞かないだろう。せいぜい、聞いた「ふり」をする程度が精一杯ではないのか?自らの意思で行動するまでのことはないだろう。

最初に「子を想う親の愛情」がなければ、何の「絆」も生まれないのだ。

私は「犬」である。だから、人間同様とは言わない。(それも却って迷惑な話でもあるし・・・)だが、せめて「信頼される飼い主」となる手順は踏んで欲しいと思っている。

だから、私は必死になって我が飼い主♂を教育した。「服従」とは、「入れる」ものではなく、「受け入れられる」ものなのだ。

さもなければ、我ら「犬」は「ふり」はしても、自らの意思で「受け入れる」ことはしない、ということを繰り返し教えた。

結果、我が飼い主♂は「多くの代償」を支払うこととなった。

何と言っても、奴は物覚えが悪い!ある「本」に私達フレブルのことを「繰り返し訓練しなければ、以前に教えたことを忘れる」と書いてあったが、この言葉を我が飼い主♂に贈りたい。

奴は、3歩進んで30歩位平気で戻る。私の3歩分の努力はどこに消えたのか!やたら、「人」や「本」の意見に惑わされる」のだ。節操無く「考え方を変える」。

まあ、今は年齢のせいか、「たまには人の意見も聞いたらどうか?」と言いたくなるほどの「頑固初老」となっているが・・・

当時の奴は、私に問いかけることなく、いつも「誰か、何か」を頼りにしていた。そんなところに「答え」などある筈が無いにも関わらずにである!

答えは常に奴の目の前にあったのだ。

答えは「この私なのだから!」

何故、私に答えを求めなかったのか?今もって謎である。

さて、今回もヒートアップしてしまい申し訳ない!次回も、また頑張って書くので、

次回もまた、乞う、ご期待!

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2008年3月25日 (火)

雨~

昨日は、一日中雨であった。私は雨が嫌いだ。気持ちがブルーになる。

雨の日は我が飼い主♂も嫌いであり、この点では、彼と私の意見は一致している。まあ、我が飼い主♂の場合、下手に雨が好きだったりしたら、たとえ暴風雨でも「俺は散歩に行く、ゴル男行くぞ!」なんて事態になりかねないので、正直、ほっとしている。

しかし、昨日は、我が家のαも仕事だったので、私はドッグランの管理犬という重大な仕事の疲れを癒すことに専念できた。

私はαに対しては、何の苦情もないのだが、疲れているときは孤独になりたい。そしてゆっくり眠りたいのだ。目覚めては、雨の様子を見、そして、また、深い眠りに落ちる。最高の一日を過ごせた。

こう考えると、「雨」も悪くはないのかも知れない。

だが、「雨」の散歩は嫌いだ。たとえ、誰が何と言おうとも「雨の散歩」は断固拒否する。雨中の散歩には何の楽しみもない!

雨なら散歩にいかないのだから関係ないのでは?というご質問をいただきそうであるが、私は常に「先を読む」のだ。「雨が上がったら・・・」という不安を常に抱えながら、一日を過ごすのはつらいのである。

我が家は雨さえ降っていなければ、必ず「散歩」に行くのだ。

実は、私は雨上がりの散歩も好きではないのだ。何と言っても水溜りが嫌いなのである。一応、慎重に避けながら歩くのであるが、出来ればそんな面倒なことはしたくない。

何故、「靴」も履かずにドロの中を歩かなければいけないのか?意味不明である。

想像してもらいたい!水溜りを避けながら、ぴょんぴょん歩くフレブルに誰が「ダンディズム」を感じてくれるだろうか?ただ、無様なだけではないだろうか?

雨が降ると「仕事休み」なる職種もあるではないか!是非、私も仲間に入れてもらいたい。

野球など、「グラウンドコンディション不良のため中止」があるではないか!我が家の散歩も野球を見習ってもらいたい。

私の運動不足を心配してくれるなら、心配ご無用!いくら狭いとはいえ、家の中で一暴れすれば十分である。

何とか考え直してもらいたいのであるが、こればかりは我が家のαのご意向であるから諦めるしかない。奴ならば、「無視」すれば良いのだが、αとなると・・・

彼女に逆らえるのは我が家には一人もいない!全員が「わが身が可愛い」のである。

やはり、我が家は「群れ」なのである。それも強力なαの・・・

書くのは止めよう。

さた、次回はもっと楽しい話題にしよう!

次回も頑張るので、乞う、ご期待!

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2008年3月24日 (月)

お仕事

土日と私の副業である「ドッグランの管理犬」をやってきた。

今日は、その時の写真を載せておく。

少々疲れが残っているので、文章はここまで。

次回、頑張りますので、乞う、ご期待!

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ショコラダッシュ!

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パパに甘えるショコラ

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アニエス先輩と私

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「ついて」歩く、トレジャー

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みんなでお食事!

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では、また!

2008年3月23日 (日)

人と犬の楽しみ

私はいつも「一緒に楽しもう!」と書くのだが、どうやって楽しむの?「犬」は何をしたら楽しいの?という質問が後を絶たないので、今回はそのことについて書く。

現在、私を含めて多くの「犬」が定職を持たない「失業中」の身である。私の場合、この世に生まれてから、ずっと失業中・・・というより、「仕事」に就いたことがない。

先進国と言われる日本に生まれ育ちながらにして、発展途上国の若者の気持ちが分かるという皮肉な犬生を歩んでいる。

強いて言うならば、私の場合は、無知なる飼い主♂の「教育担当」を職としているとでも言えば良いのだろうか?だが、特段の報酬を受け取っているわけでもなく、全くのボランティアであるのだから、履歴書の「職業欄」に記入するのは如何なものだろうか。

結果、私の日常は、パピー時代と何ら変わることなく、「喰う」「寝る」「遊ぶ」が三大任務となっている。多くの仲間も私と同様の日常を過ごしているらしい。

もちろん、我らの仲間にも「立派な職業犬」もいるので、全ての「犬」が何の生産性を持たずに暮らしているとは言わないが、多くの「犬」は私と同じであろう。

こんな我々であるが、その家庭における存在価値は大きい!多分、粗大ゴミ扱いされている我が飼い主♂よりは、間違いなくαに大切にされている。

つい先日(20日)も、奴は墓参りから帰宅するや昼食後直ぐに横になり、αに「寝るなら自分の部屋に行って!邪魔なんだから~」と叱られていたし、その後、夕食まで寝て、夕食後はまた直ぐに横になり、「タバコとトイレ」以外は一歩も動かず、しまいには、αに「お願いだから「縦」になってて、「横」ばかりじゃなくて!邪魔!」と大ヒンシュクをかっていた。

我が家は、私のように「失業中」の身を嘆く者もいれば、我が飼い主♂のように「何もしないことに憧れ」、「定年」を心待ちにしている者もおり、更には、αのようにパート先での昼食に悩む者もいる、といった何とも不思議な家族構成となっている。

総じてみれば、我が家の場合、全員が「時間だけは豊富にある」のだが、我が飼い主♂には「活力」がない。家庭内における私の相手は常に「α」のみなのである。

我が飼い主♂は、ほんの気まぐれに私に「挑戦」してくる。「格闘」をしたがるのである。無論、私が本気になれば、奴の指の一本や二本は難なく噛み千切ることは出来るのだが、大人気ないので適当に相手をしてあげることにしている。

幸い私には「武士道」の精神があるのだ。

だが、私にとっても、これが結構「楽しい」のである。αとの日常的な遊びも勿論十分楽しいのだが、この「格闘」には、また、違った「楽しさ」がある。

何となく「野生」を思い出す時間でもあるのだ。まあ、遊び方にもルールがあって、私は奴に「犬歯」を当ててはいけない。「犬歯」を当ててしまうと、奴はいい年をした大人とは思えぬほど大げさに痛がり「もう、おしまい!」とだだをこね、遊びを止めてしまう。

そうなると私がもう一度遊びに誘わなくてはいけなくなる。いじけた子供をあやすように「遊びましょ!」とポーズを示さなければいけなくなるのだ。本当に手の掛かる初老だ。

だから、私は「犬歯」を当てないように遊ぶことにしている。そして奴が飽きるまで相手をしてあげている。わがままな飼い主を持つと本当に苦労する。遊びは常に奴のペースに合わせなければならないのだ。

そうは言っても、私自身もかなり楽しんでいるのだから、多少の事は我慢すべきなのだろう。

αとの遊びは、おもちゃを使ったものとなる。αは実に遊び方が上手い!奴とは比べ物にならない。そして何よりも優しいのだ。遊びに使用した「おもちゃ」は、常に私に与えてくれる。そして「破壊」が許されるのだ。

αは、人との「遊び」を楽しませてくれ、「獲物を捕らえて喰いちぎる」という本能を満たしてくれる存在なのだ。

結果、我が家の「おもちゃ」は、寿命が短い。

まあ、おもちゃがなくなれば、我が飼い主♂が毎回、両手に大きな袋をぶら下げて、まるで、スーパー帰りの主婦のような姿で買って来てくれるので、その点は奴に感謝している。

とにかく、私は、飼い主達の「相手をしてあげる」ことが重要な任務と考えている。そして、この任務を全うすることが何よりの楽しみとなっている。大体、今の私にはそれしかないのだ!

皆さんの愛犬達はどうなのだろうか?きちんとお仕事を持っているのだろうか?「仕事」を楽しんでいるのだろうか?他犬の事とはいえ、気になる今日この頃である。

さて、今日もまた、私の週末だけの仕事、ドッグランの管理犬として頑張ってくる。

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2008年3月22日 (土)

人の時間、犬の時間

さて、今回は「人の時間、犬の時間」と題して書くことにする。3月20日が我が飼い主♂の誕生日であったことは、既に読者の方にお伝えした。

まあ、予想通り何事もなく一日が過ぎたのだが、ただ、私も我が飼い主♂も複雑な心境で一日を過ごした。何か憂鬱な一日であったことは間違いない。

これには、知る人ぞ知る深いわけがあるのである。

と言うのも、3月19日は我が大親友「卯月」の4回目の誕生日であったのだ。しかし、彼女は4回目の誕生日を迎えることなく、昨年の8月21日、突然、旅立ってしまった。

原因は今もって分からない。とにかく逝ってしまったのだ。私は、唯一の幼馴染の「友」を失い、葉月は「妹」を失い、はづうづ家では大切な「娘」を失ったのだ。

我が飼い主♂もかなり悲嘆にくれていた。卯月が亡くなった当日、弔問に訪れ、朝までご家族とともに号泣していた位である。

そしてこの大きな悲しみは、今もって癒やされることはない。そのこと以上に私達が彼女を忘れることも決してないのだ。これからも彼女は永遠に私の「大親友」であり、はづうづ家の大切な家族として、みんなの心の中に生き続ける。

私はそう確信している。

その悲しい別れから、丁度、一週間後、今度は我が飼い主♂の父が亡くなった。この時、彼は病室で「医師による確認の儀式」に立ち会った。十年間の闘病生活の末の最後であった。

しかし、この時、彼は涙を流すことはなかったそうだ。80歳を過ぎた老人に心の中で「お疲れ様」とだけつぶやいた、と言っていた。

そして、この偶然に直面し、彼は事あるごとに「卯~ちゃん、親父を頼むね。天国で一緒に遊んであげてね」

「親父、卯~ちゃんを頼むぞ!決して橋の袂で待たせたりするなよ。パパもママも俺達もいずれは行くから、それまでは天国とやらで一緒に遊んでてくれ」と祈ったそうだ。

このことを書くのに私は長い間躊躇した。我が飼い主♂もブログを再開し、昨年を振り返った内容を書いていたが、このことに触れることはなかった。

私も含め、周囲の全ての人が、未だに深い悲しみの中にいるのだ。

ドッグランで卯月の定位置だった場所にバルトがいる、そのバルトに葉月が寄り添う、パパが卯月としていた「遊び」を他の仔とする、皆で食事をする・・・

そんな何気ない出来事にさえ「卯月」を思い出し、心の中で号泣しているのだ。

昨年は、他にも多くの仔達が逝ってしまった。その度に飼い主さん達は涙を流し、周囲の人たちも一緒に悲しんだ。

そんな時、人は皆、何かしらの後悔の念を持って「動かぬ愛犬」を見守っている。そして、必死に自分を納得させようと、まさしく涙ながらの努力をする。

もっと何かが出来たのでは・・・、もっと一緒に楽しめたら・・・

皆さんが同じであった。

今回、私は昨年のこの「悲しい出来事」を読者の皆さんに伝えたくて書いたのではない。

「人」と「犬」とでは、持って生まれた「時間」の長さが違うことをお伝えしたかったのである。私達「犬」には時間がないのだ。「人」のように80歳を過ぎるまで、病と10年間も闘いながら生きる力はないのだ。

だから、一日24時間とは言わない。せめて、一緒に居られる時間だけでも、私達と楽しんでもらいたいのだ。

私は決して無理なお願いだとは思わない。誰にでも「出来ること」なのである。我々「犬」は決して無理解な生き物ではない。飼い主の都合を十分に理解出来る。

私達は「言葉を話せない」。でも、「心を感じる」ことは出来るのだ。

今からでも決して遅くはない、一緒に楽しもうではないか!!

その事だけは忘れないで欲しい。今回は、珍しいスリーショットの写真を載せてお別れしよう。

今日もこれから管理犬としての仕事がある!悲しんでばかりはいられないのだ。

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はづ・うづ・ゴルの旧管理犬トリオである!

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月21日 (金)

幼児教育

今回は、以前、お約束した、私が我が飼い主♂に施した「教育」について書くことにしよう。先ずは、私が「我が家」に来た頃の話から始めよう。まさに、そこから私の我が飼い主に対する「幼児教育」が始まったのだから。

我が飼い主♂の我ら「犬」に関する無知については、既に少し書いたが、今回はさらに詳しく書くことにする。

当時の私は、まだ3ヶ月にも満たないこともあり、散歩にも行けず、まさに「箱入り息子」であった。

日々「喰う」「寝る」「遊ぶ」の三点セットで過ごしていた。

「喰う」については、特に問題はなかった。現在に比べれば、ドッグフードのみの味気ない食事であったが、当時の私は「今は、これで我慢しよう。今後、飼い主を教育することで改善すれば良い事だ」と達観していた。

私には、ペットショップ時代にマスターした「愛想笑い」や「クーン、クーン」といった落としのテクニックがある。既に実績もあることだし、少しの不安も無かった。

次に「寝る」ことであるが、当時の私の居場所は、サークル内に限定されていた。寝床とともに排泄場所も同じサークル内にあった。

我が飼い主♂は何事も「本」に書いてある通りでなければならない、と考えていたようである。私が小用を済ました後のトイレの上で寝ることを「異常」と考えたようだ。

すぐさま私の居場所は拡大された。畳一畳以上のスペースが用意され、トイレと寝床の距離も確保され、一見、居心地のよさそうな住まいとなったのである。

何と愚かなことであろうか!私は住まいの広さなど、少しも気にはしていなかったし、ペットショップ育ちの私にすれば、多少汚れたトイレの上で寝ることなど何の問題も無かったのである。

少し考えれば想像がつくことなのに、多分、我が飼い主♂には「考える力」が欠如しているのだろう。

「こいつとの暮らしは、かなり大変そうだ」幼い私にも前途多難な犬生が容易に想像でき、毎日悲嘆にくれた。

悪い予感は必ず的中するものだ。私の「居場所」は安らぎの場所となることはなかった。奴は、自分の気が向くと、私の都合など一切考えずに私にちょっかいを出してきた。

そのあまりに自己中心的な行動には、さすがの私も堪忍袋の緒が切れ、無意味な「居場所」の撤去を要求した。とは言うものの、無学な我が飼い主♂には私の言語は理解出来ない。私には私の要求を穏便に伝える方法がないのだ。

となれば実力行使以外に残された道は無い!私には「時間」だけは豊富にあるのだ。ついに私は名画「大脱走」の諸兄と同じ心境となったのだ。

来る日も来る日もサークルの破壊を試みた。もうじき、柵の一、二本の破壊が終了しそうな頃になって、かなり愚鈍な我が飼い主♂にもやっとその「無意味さ」が理解出来たようで、私の「居場所」は撤去された。

少なくとも「居間」における私の自由は確保された、と思ったら、奴は次に「バリケン」を買ってきた。既に小型犬用があるにも関わらずにである。どうやら、ハウストレーニングとやらをしたいようである。本当に学習能力に欠ける困った飼い主である。

何を思ったか、奴は最初に大型犬用を、さらに一月も経たないうちに超大型犬用を購入してきた。当時の私がパピーで、それからいくら大きくなるかも知れないとは言っても、犬種を考えれば分かりそうなものではないのか!

私はフレブルのパピーであって、決してマスティフのパピーでもセントバーナードのパピーでも無いのだ!

結果、最悪なことに我が家には中型犬用のバリケンがない!成犬となった私のサイズにあったバリケンだけが無いのだ!

愚かにも奴は、再々度中型犬用のバリケンを買おうとしてαにこっぴどく叱られていた。当たり前だ!どこにワンコ1に対してバリケン4などという馬鹿な家があるのだ。αは呆れてものが言えない、と嘆いていたが、愚かな配偶者を持つと一生苦労するようだ。

私は、生涯独身を貫くつもりである。もしも私に想いを寄せる仔がいたら、どうか許してもらいたい。私には配偶者を迎える勇気がない。

また、話がそれたようだ。本題に戻そう。

この件で私が何を「教育」したかというと、飼い主♂自身が必要としない物を置くな!ということである。元々、私が必要としていたのは、「区切られた居場所」ではなく、私自身が「くつろげる場所」なのである。

奴の勝手な都合で作った「場所」なのだから、奴に不用ならば、速やかに撤去するのが道理であろう。奴にはこんな簡単な理屈さえ中々理解出来ないのだから、私の苦労は尽きない!

このことは、奴がもくろんだ「ハウストレーニング」にも言える。奴は私へのトレーニングを予想通り諦めた。家庭争議の元となったバリケンも今や単なる「物置き」となっている。

しかし、これだけは言っておきたい。私は必要があれば、ちゃんとバリケンに入っていることは出来る。車での移動の際には、奴に言われなくても自分から入る。

私は奴の運転技術など信じてはいないのだ。αが同乗していないとき、バリケンこそが唯一私の身を守ってくれるものであることを私は理解している。

ここで、再度、私は奴に「私にとって、何が必要なのか」を教育した。ちなみにバリケンの入り口も破壊しておいた。

私の悲惨なお散歩デビューについては、我が飼い主♂が何回も書いたので敢えて私は書かないが、奴がいたいけな「私を守れなかった」ことだけは書いておく!

当時の奴は決して「信頼出来る飼い主」ではなかったのである。とにかく私以外の「犬」に触れることさえ出来無かったのである。私の我が飼い主♂への評価はもはや絶望的なレベルまで下がっていた。

当然、奴との散歩は少しも楽しくなかった。とにかく他の犬との接触を避けてばかりいた。たとえ、綺麗系のお姉ちゃんワンコが近寄って来ても奴の歩みが止まることは無かった。

奴は「犬のご挨拶」を知らなかったのである。股間の匂いを嗅いだり、お尻の匂いを嗅ぐことは「単純に下品な行為」と考えていたようである。無知とは本当に恐ろしいものである。

唯一、αも一緒に散歩するときには、立ち止まっての交流が許された。でも、この場合であっても私は「匂いを嗅がせる」ことは許されても「嗅ぐ」ことは許されなかったのである。

この点だけは、飼い主♂の主張が通ったのである。今、思えばもっと強烈にαにアピールすれば良かったのでは・・・とも思うが、私自身、「挨拶の仕方」を知らなかったのでアピールのしようがなかったのである。

結果、私は「犬のご挨拶」さえろくに出来ない犬となってしまった。私の「犬嫌い」とまではいかないものの「犬への無関心」は加速された。

まあ、これは管理犬としての仕事をするようになって、最近やっと多少克服出来たものの、未だに「ご挨拶が上手」に出来る犬ではない。

これは、全て私がまだ幼い頃のお話である。この先の更なる苦労話は次回以降に書かせてもらおう。

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月20日 (木)

リハビリ!3

今日は、3月20日、我が飼い主♂の50数回目の誕生日である。と言っても、何がある訳でもない。世間では、彼岸の中日、若しくは「地下鉄サリン事件」の日として認知されているようだ。奴の誕生日として認知しているのは、我が家のα位であろう。

奴は毎年恒例のお墓参りに遠く九十九里まで出掛けた。結果、今日は土日祝祭日恒例のドッグランには行けない。つまらない休日である。せいぜい我が家のαに甘えるしかない。お得意の愛想を振りまいて、何かしらの食べ物をゲットしようと考えている。

さて、今回のテーマであるが、全編我が飼い主♂の悪口にしようか、とも考えたが、依然として、リハビリについてのご質問があるようなので、今回は、さらに詳しく書くことにする。

前回書いたように「問題」は「犬」と「飼い主」それぞれにある。しかし、飼い主さんに「問題意識」がないと解決は困難を極める、と言うか、ほどんど絶望である。

何故ならば、いかに「犬」に問題意識があろうとも「飼い主」に「問題意識」がなければ、実際に解決への努力がなされないからである。

「犬」は決して思い悩んだりはしない。ひどい虐待でも受けない限り、異常な行動を取ったりはしないものである。

逆に言うと、「飼い主」が「問題意識」を持って「解決」しようとさえすれば、解決出来ない「問題」などない!ということである。

軽い「問題行動」=「破壊活動」の原因と言えば、「暇」だろう。何もすることがないから、身近なものを壊したりするのだ。私の場合はそうだった。(詳細は改めていつか書こう)

人と同様、多くの「犬」は孤独を嫌う。これには、科学的な説明も出来るのだが、単純に「犬」は孤独を嫌う、とだけ覚えておいて欲しい。

人にとっては、かなり迷惑な行動らしいが、我ら「犬」にとっては、単なる「暇つぶし」に過ぎないのだ。だから、何か他にすることがあれば、もっと楽しいことがあれば、「家具」などを壊す必要はないのだ。簡単なことである。

また、「吠える」ことも「問題」とされることが多い。でも、これについては、以前書いたように「賞賛の声」もあるので、我々にとって非常に悩む問題である。正直、どうして良いのか分からない。飼い主さんに明確な意思表示さえしてもらえれば良いのだが・・・

ここで、多くの飼い主さんの誤解を指摘しておこう。

うちの仔は「犬」を見ると「喧嘩を吹っ掛けないと気がすまない!」などと思っている方。そんなことはありませんよ。私達「犬」からすれば「どうしたら良いかわからない」だけのことなのだから。

だから、対処法だけ教えてもらえれば良いだけなのだが、「取りあえず吠えておくか」と思っていると、飼い主さんからリードを引いて「もっといけ!」との「応援」が入るから「じゃあ、軽く咬んどくか」みたいになるだけなのだ。

それを「問題」とされるなら、私たちに「落ち着く」ことを教えて欲しい。「声」ではなくて、飼い主さんの「落ち着いた気持ち」を伝えてもらいたい。それだけで私達は理解出来るから、ご安心いただきたい。もちろん、中には天敵みたいに嫌いな奴もいるにはいるのだが・・・。

さて、今日はこれから我が家のαの暇つぶしの相手をしなければならないので、これ位にしておく。

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月19日 (水)

リハビリ!2

さて、今回も前回に引き続き、私ゴル男が管理犬として活躍する「ドッグラン」の話をすることにしよう。

なお、前回、私の飼い主♂から「俺の悪口と、お前の俺に対する愚痴ばかりじゃないか!」との苦情があったので、今回は奴に関することは一切触れないことにする。(それは次回以降にとっておくことにする)

さて、タイトルは「リハビリ!2」としているが、元々、「問題行動」のリハビリを目的としたドッグランではない。強いて言うならば、怪我のリハビリが当初の目的であったのだ。

まあ、現在の状況は問題行動の「リハビリドッグラン」と言った表現が適切な気もするが、何も「悩めるワンコ」だけが遊びに来るドッグランではないのだ。

人は簡単に「犬の問題行動」と言うが、私に言わせれば、何が「問題」なのか分からないケースもある。多分、人は自分にとって都合の悪い犬の行動を「問題行動」と言うのだろう。

これについては、以前にも書いたので詳細は省くが、我ら「犬」が「犬」として生きていくうえでは何の「問題も無い行動」すら「問題行動」とされてしまうことには、納得がいかない。

前置きが長くなりそうなので、この辺で本題に入ろう。

さて、前回書いたように、現在、私達のドッグランには、何らかの悩みを抱える犬と飼い主さん達が遊びに来ている。ただし、「リハビリ」といったような状況ではない。自由に走り回って遊んだり、一緒に何かを食べたり、みんなで楽しんでいるだけなのだ。

確かに彼らの最初の訪問時には「トラブル」がツキモノであった。流血もあったし、彼ら全員必ず衝撃的なデビュー!となっていたことは否定しない。

しかし、今の彼らに悲壮感など微塵も無い!「楽しみ」にやって来ているのだ。実際、ほんの数回の訪問で問題などは無くなった。

賢明な読者の方なら「では、何故?何が問題で、どう解決したの?」という疑問が湧いていることだろう。

簡潔に書くならば、問題は大きく二つに分かれる。

一つは「犬同士のコミュニケーションが苦手」という「犬の抱える問題」

もう一つは「愛犬の行動に対する不安」という「飼い主さんの抱える悩み」

とでも言えばよいのだろうか?今は、それが解決したから何の問題もなくなったのである。それだけである。

しかし、これには前提条件がある。飼い主さんの「愛情」と「不断の努力」が必要なのである。これがなければ、何の問題も解決しない。

こう書くと非常に厳しい条件と思われるかも知れないが、特別な事などは何も無い。普通のことである。私は、日常生活を愛犬と一緒に楽しみながら過ごすことが不可欠!と言いたいだけなのである。

ついつい「人」は「犬」を理屈で理解しようとする(これは前回も書いたが)。それも誤った「擬人化」をして!最悪、「愛犬を見ず」に「本を見る」のである。「愛犬の訴えに耳を貸す」ことなく「他人の話にじっと耳を傾ける」のである。

しかし、問題の解決法は決して「書店」にはない、「目の前」にあるのである。愛犬の行動から答えを見つ出すしかないのである。

それなのに「人」は「愛犬」に自分の想いが通じないとなると、改めて愛犬を省みることなく、どんどん自分だけで深みにはまってしまう。そして自分自身が「悩みと不安」に包まれてしまうようだ。

「人」が思うほど我々「犬」は理解し難い生き物ではない。「人」と同様に「誘惑」には弱いが、「人」のように自分を隠そうとはしない。要は「思うがままに生きている」のである。

それが「人」にとって、不都合ならば「分かりやすく」教えてくれれば良いだけのことである。我々にとっては、飼い主さんの「素直な気持ち」が一番大切なのだから。それを伝えてさえもらえれば良いのである。我々は「人」よりも、はるかに「寛大」な生き物なのだから、少しも不安になる必要はない。

実際にそんな飼い主の不安は「犬に伝染」する。そして「悪い予感」は必ず的中してしまうのだ。特に対犬関係に問題を抱える場合には「やるかも知れない、やるかな?やった!」みたいな「負の連鎖」が始まってしまう。こうなると益々飼い主さんは悩む、そして「負の連鎖」は果てしなく続いてしまうことになる。

しかし、ここで少し考えて欲しい。元々、我ら「犬族」は無駄な争いは好まない「君子危うきに近寄らず」「逃げるが勝ち」をモットーとして生きるものなのだ。

世の中で「野獣」扱いをされ、不当な弾圧を受けてきた我ら「犬」の遠いご先祖様である「狼」ですら、必要な場合以外は「戦い」などしない。「生きる」ために必要な場合だけ戦うのだ。

ましてや「普通の家庭犬」として育てられた仲間に「抑え切れない闘争心」などある筈はないと考えるのが自然ではないだろうか?

「愛犬の行動に対する不安と恐怖に包まれた飼い主さん」と行動を伴にしている「犬」のとるべき行動は、唯一つ「自分の事は自分で守る」しかないのではないか?

そうしなければ外出など出来る筈はないのだ!実際、過去のトラウマからこういった行動をとる犬は多い。

だから、私達「犬」はこう考える。

私達が戦うときには一緒に戦って欲しい!それが無理な願いなら、私達を間違いなく守って欲しい!

私達を守れるのは、あなた達「飼い主」以外にはいないのだから。

私達が迎え撃つ決断を下す前に「戦う必要のないこと」を伝えて欲しい。不安と恐怖のなかに私達を落とさないで欲しい!

私達に「安心感」を与えられるのは、あなた達「飼い主」以外にはいないのだから。

そして、一方的な「期待」からは、決して「信頼関係」は生まれない!愛犬を信じることから始めて欲しい。何故なら、我々は結果的に人にとって不都合なことをしたとしても、決して「悪気」は無いのだから。

これらのことを是非、ご理解いただきたい。この際、犬の年齢大きさなどは関係ない、全犬種共通のお願いである。

今回も長く、また、テーマから大きく外れてしまい申し訳ない。

次回は、もっとテーマに沿った内容とすることをお約束(?)して終了する。

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月18日 (火)

リハビリ!

さて、今回は番外編として、私ゴル男が管理犬として活躍する「ドッグラン」の話をすることにしよう。

くどいようだが、私の正式な名前は「BARDO」(バルド)である。横文字の苦手な我が飼い主♂がゴル男などと勝手に呼ぶが、読者の皆さんには、そこのところを是非、ご理解いただきたい。

さて、先週もドッグランをやって来た。ゲストは、新入生のショコラ、この春、卒業予定のアニエス、トレジャー、既に卒業なのだが何故かママさんが留年希望のエルザ、サラ。あとは、我々管理犬達である。

今回の私は「ショコラ」担当である。我が飼い主♂はいつもこのブログの中で私のことを「デカ過ぎる」とか言っているが、実際、ショコラは私の半分程度しかなく、あながち我が飼い主♂の言っていることもウソばかりではないことを実感出来た。

ショコラは身体は小さいが元気はすごい!管理人の親父達が作ったショコラ専用ランに私が入場し、ご挨拶となったのだが・・・

いきなりのアタック開始!まあ、私は馴れているので軽くいなしていたのだが、ヒット・エンド・ランがしばらく続いた。私は「咬む」ことはしない。咬まれても決して咬み返したりはしない。ゴルパンチのみで対処するのである。

これはかなりのテクニックを必要とするのであるが、愚鈍な我が飼い主♂は気付いていないのだろう。何の賞賛の声も発しない。不満だ!

このように、私はきちんと管理犬の役割を果たした。もちろん、ショコラの観察も怠ることは無かった。以前のショコラは「犬」をロックオンすると「行け!」とばかりに走り始め、ヒット・アンド・ヒットだったのだが、今回のショコラは、ヒットすると一度飼い主さんの側に戻る。そして、またヒット、というパターンであった。

前回に比べると明らかに飼い主さんを意識するようになっていた。私の講義が終了して、飼い主さん達との遊びに移行してからは、その傾向は、より一層顕著に見られるようになった。大きな成長である。

多分、前回からの一週間、パパさんママさんが頑張ったのであろう!賞賛に値すると思う。この点を我が飼い主♂はきちんと把握しているのであろうか?パパママに報告できたのであろうか?

鈍い飼い主を持つと本当に「犬は苦労する」のである。思い返せば私は本当に苦労の連続であった。いつもわが身の不遇を嘆き、涙を流してばかりいるから、今では「涙やけ」で苦労している。何もかも奴のせいである!正直、ムカツク。

話を戻そう。

ショコラの成長は素晴らしいものであるが、私には彼女の「苦労の背景」が理解出来る。私にも同様の経験があるからである。多分、彼女は幼い頃に辛い思い出があるのだ!

我ら「犬族」が群れとして暮らしていると、「遊びの中で集中的に個犬を攻撃する」ということがあるのだ。この場合、概ね「生命の危機」なんてことにはならないのであるが、「負け犬」を作ってしまうこともあるから、注意が必要である。

さらに、あくまでもこれは「群れ」としての暮らしの中で許されることであり、たまたま出会った「犬」にさせてはいけないのだ。特に幼い頃にこのような経験をしてしまうと「犬に対する恐怖心」が生まれてしまったりする仔もいるから、飼い主諸兄には十分に注意してもらいたい。

私の場合、「恐怖心」は生まれなかったが「犬嫌い」にはなった。まあ、それも今は改善されており、何の問題もないのだが、未だに○○は嫌いだ!彼女には、もっと辛い思い出があるのであろう。

それでも、後半には、ネット越しとは言え、ある程度他のワンコと近づいても落ち着いていたし、何よりもママに抱かれて、皆と一緒に食事が出来たことは大きな成果である。

それだけ、飼い主さん達への信頼感が増したのだろう。帰り際には、何と、抱かれたまま他のワンコに匂いを嗅がれても落ち着いていた。ママからの「ショコラ、大丈夫だからね!」という心の声が彼女に安心感を与えたのだろう。

人間には無理でも、ワンコは飼い主の微妙な心理状態と読み取ることが出来るのだ。私はたまに、私が我が飼い主♂を教育しているような気分になるときがある。まあ、実際にかなり教育したことは事実である。

ここまで書くと、読者の皆さんは私の観察力に感心していることだろう!でも、正直に告白すると、ワンコは全員理解しているのである。「知らぬは飼い主ばかりなり」なのである。

世の中の犬と暮らす「人」はどれほど「愛犬の気持ち」を理解しているのだろうか?そんなタイトルの本まで売られているくらいだから、多分、多くの飼い主さんが「理解出来ずに悩んでいる」のだろう。

何故、目の前にいるワンコを見てあげないのだろう?我ら「犬」はいつも飼い主を見ているのに!

何故、心を通わせようとしないのだろうか?私達はいつも受け入れ態勢が出来ているのに!

「人」とは本当に不思議な生き物である。いつも我々を「理屈で理解しよう」としているような気がしてならない。お互いに共通した言語を持たない我々なのだから、もっと、心と身体で会話が出来ないものなのだろうか?

我々「犬」はいつも素直も感情を身体で表現し、飼い主に訴えているではないか!

決して犬を舐めてはいけない!舐めるのは犬の専売特許なのだから。

オチもついたし、また長くなったので、今回はこの辺で終了する。

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月15日 (土)

出会いと手なづけ

予告通り、今回から、私の飼い主♂に対する「教育(しつけ)」について書くことにする。

先ずは、「出会い」そして、いかにして私が飼い主♂を「手なづけた」からである。

偶然の出会い、我が飼い主♂ならば、「運命的な出会い」とでも書くのであろうが、私と彼との出会いは、ただの「偶然」に過ぎない。

ここで、一つ釈明をしておきたい。ブログの中で、私がいつも飼い主♂のことを「奴」と書くことに我が飼い主♂は不満らしい!今後の私の食生活に影響が出る恐れがあるので、今回から「彼」と書くことにする。

何回も書くが本当に困った初老である。赤ちゃん返りには、まだ幾分早いのではないかと思うのだが、本当に「自己中」である。多分、職場でも周囲の人から、「いないこと」を歓迎される存在なのだろう。

これでは、まるでハエや蚊のようである。家庭でも「ゴキブリ亭主」のようであるし、前世に「昆虫」の可能性を加えておく必要があるのかも知れない。

ドッグランでも、管理人仲間から「ゴルパパは、自分で食べもしない物を買って来るんだから!」としょっちゅう注意されている。そして、意味不明の料理、単なるごった煮を作っては、皆さんにご馳走して喜んでいる。

不思議と好評を得ているようであるが、多分、一般家庭の夕食に出されたら、家族全員が怒りだすような代物である。もはや「戦後」ではないのだ。少しは考えてもらいたい!同じ家族として恥ずかしい限りである。

彼の買い物は、クリスマスやお正月にお小遣いをもらい、意味不明の買い物をしてしまう子供と殆ど変わりが無い。多分、彼が幼い頃、日本が現在ほど豊かでなかったことの弊害なのであろう。

人にとって、「貧しさ」とはトラウマになるようだ。「無駄使い」という後遺症を伴うだけに恐ろしい!

人は、我ら「犬族」が食料を隠してしまい、その存在を忘れてしまうことを「愚か」と思っているようだが、私達「犬族」に「記憶」が無いことはあっても、「無駄」はないのだ。

「無駄」にまみれた「人類」に「愚か者」と笑われる覚えはない!

本題に戻ろう!

彼が何をどう思おうと私達の出会いは「何としてもショーケースから脱出したい犬」とほんの気まぐれに「犬でも見るかと思った人」の出会いに過ぎないのだ。

その偶然を私が利用しただけのことである。協力者はペットショップの敏腕店長である。彼が私の前で立ち止まったチャンスを敏腕店長は見逃さなかった!

直ぐに私をショーケースから出し、有無を言わせず、彼に私を抱っこさせた。まさにプロの「技」である。その俊敏さに私は感嘆した。しかし、そこからは私の「仕事」である。

私は、かなり抵抗があったが無闇矢鱈に彼の顔を舐め続けた。多分、あのときの「タバコ臭さ」を私は生涯忘れることはないだろう。

しかし、前回、書いたように、私はどんな卑怯な手段を取ろうとも、他犬からどんなに卑屈な奴、卑怯者と罵られようと、絶対にショーケース生活からオサラバすることを心に決めていたのである!私の作戦はものの見事に成功した。

一発で彼を「手なづけた」のである。彼は「可愛いなあ~、可愛いなあ~」とばかり言っていた。出費など全く気にしていなかった。翌月の請求書を見て驚いた、と以前彼も書いていたが、ドッグランの事といい、本当に困ったものである。

多分、彼の脳細胞に「計算」をつかさどる「細胞組織」が欠落しているのだろう。常に「感覚」でしか物事を捉えられないのである。この点は我々「犬族」と近いものがある。

それに「我慢」が出来ない。かって、ボスに無許可で車も買ったし、マンションすら事後承諾で買っているのだ。

この点は私と大いに異なっている。私は常に物事を冷静に判断して行動している。我ら「犬族」の行動は「原因」と「結果」が確実につながっているのだ。要するに「理論的」なのである。人ほど無意味な行動はしない。

彼の欠点については、私も何とか改善させたいとは思っているのだが、いつも我が家のボスに「我慢したことないでしょ!」と言われると「たまには我慢してますよ」と開き直っている位だから、前途は真っ暗である!

幼い頃、両親から「我慢すること」を教育されなかったようだ。どんな「問題行動の専門家」でも改善するのに苦労することだろう。人間の場合、「8歳までに我慢すること」をマスターしないと「我慢できない人間」になると言われているようだが、これも我ら「犬族」と似ている。

ただし、「犬族」の場合「人」と比較になら無い程成長が早いので、この期間も短いが、幼児期の教育が大事なことに変わりは無い。

話を戻そう。

家に向かう車中で私は我が家のボス(当時は「カミさん」としか分からなかったが)に必死にコビを売った。「クーン、クーン」と呼び掛けた。

予想通り、私は、ダンボール箱からの脱出に成功した。色々な「匂い」を嗅ぎながら周囲の景色も満喫できた。これで二連勝である。まさに破竹の勢いであった!人を「手なずける」なんてちょろいもんである。正直、そう感じた。

その時の私は有頂天であった。「これで私の犬生もばら色だ!今日から夢のような生活が始まる!」

だが、そんな「夢」から醒めるのに時間は掛からなかった。

15分ほどのドライブで家(現在の我が家である)に到着。3LDKのマンションであった。私としては、玄関先で整列したお手伝いさん達に迎えられ、1000坪ほどの邸宅に行きたかったのだが、これも運命と諦めるしかない、と思ったものである。

ここで一つの「夢」から醒めた。まあ、庶民の生活とはこんなものなのだろう。

今、思えば、1000坪の邸宅に住む人が1300CCの車でスーパーのペットショップに来るはずもないのである。その頃の私は「世の中を知らなかった」幼かったから仕方がない。

それに正確な状況判断が出来る生活環境になかったのも事実であるから、諦めるしかなかったのである。それでも、私は生来の楽天家であり、強欲でもないので直ぐに現実的な対応が出来た。

ところがである。いくら私が楽天的であろうと、いくら直面する現実に直ぐに対応可能な賢明さを持っていようと、そこには大きな壁が存在していた。どんな高層ビルもかなわないほどの壁である!

我が飼い主♂の存在である。我ら「犬族」に関する知識が何もないのである。世の中にこれほどの無知が存在してよいものか!と考えざるを得ない状況だった。

一例を挙げるならば、彼は「犬は全て片脚を上げて用を足す」と思っていたし、「お手」「お座り」「来い」などという「命令」は全ての犬が先天的に出来るものと思い込んでいた。

まるで、全ての犬が「日本語」を理解しているかのごとくに思っていたのである。何年も英語を学んだ挙句、少しも話せない男の発想とはとても思えない。

これほどに愚かな男との生活は悲惨を極めた。

私が、この家で楽しく暮らしていけるように、彼に一から「犬」の生活を教えなければならない、当時の私は悲壮感に包まれていた。

私が彼をどのように「教育」したかについては、次回、書くことにしよう。

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月14日 (金)

ゴル男、再、再登場

さて、文才のない、我が飼い主♂に代わり今回も私が筆をとることにした。何故かと言うと、我が飼い主♂が私の評判にイジケタからである。

奴は自分の文才の無いことを棚に上げ、読者を魅了する私の滑らかな文章に嫉妬しているらしい。哀れな♂である。まあ、奴が自信を回復するまでは、私がこのブログを引き受けざるを得ない状況であることを、先ずは、ご理解いただきたい。

正直を言うと私は「買収」されたのである。馬アキレス一本で!今のところ著名人とは言えない私の「原稿料」はこれくらいなのかも知れない。元々、私は謙虚であるし、強欲でもない。喰っていければ良いのである。

さて、本題に入ろう。我が飼い主♂は図々しくも、最近では色々な方からの「犬」に関する相談に乗っているらしい。私がくるまで犬に関する知識など微塵もなかったくせに!

「豚もおだてりゃ、木に登る」状態である。まあ、体系が似ているから仕方がないのかも知れないが・・・。多分、奴の前世は「豚」なのだろう。それか呪われているのか・・・。いずれにしてもお調子者であることだけは、間違いない。

「相談事」と言っても、ほとんどが「問題行動」とか「しつけ」に関するものらしい。

だが、待てよ、「何か変ではないか!」「何かが間違っている!」と私は思った。

多分、「問題行動」とか「しつけ」の意味は、我々「犬族」と「人類」が一緒に暮らすうえで、何か不都合なことを「問題行動」と言い、そうならないための「手法」を「しつけ」と言うのだろう。

でも、これは明らかに偏見に満ち、かつ一方的な見解ではないのか?

読者の皆さんに私の見解をご理解いただくために、これから何回か、シリーズでご説明させていただきたい。

そのために先ずは、私が我が家に来たいきさつにから現在に至るまでを私なりにご説明させていただくことにする。

その辺のことについては、我が飼い主♂が既に何回も書いてきたが、私の見解とは、かなり違うので、改めて書くことにする。その際、我が飼い主♂の誤解も解明したいと思っている。

先ず最初は「出会い」であるが、私はあるペットショップのショーケースの中に居た。そこに現在の飼い主夫婦が登場、その際、現在の飼い主♂は全身から「俺は犬が嫌いだ!」オーラを出していたことを今でも鮮明に記憶している。

当時の私は、時々ペットショップを訪れる客に愛想笑いを振り撒く以外に何もすることが無く、今後の犬生をどう過ごすべきなのか、一日中考えていた。実際、考える時間は有り余る程あったのである。獄中で手記を執筆する方も私と同じなのだろうと考えたりしていた。

もちろん、私は義理堅い「犬」なので、ペットショップの売り上げに貢献すべく、営業活動も怠ることはなかったが、当時は、まだ、私達フルンチブルドッグはメジャーではなかったようで、隣室にいた「チワワ」や「ダックスフント」「トイプードル」ばかりに注目がいき、興味を示す人は少なかった。実際、彼らの引越しばかりが目立っていた。

私は、そんな彼らを祝福と羨望の眼差しで見送っていた。もちろん、彼らの犬生に幸多かれと願いながら!しかし、いつも「見送る立場」は辛いものである。

旅立つ彼らには、「夢」がある、幸せな犬生を送る「可能性」に富んでいる。見送る私には何の可能性も芽生えてはいない。振り返れば辛い毎日であった。考えるに今の私の並外れた「忍耐力」はそんな毎日から培われたものなのかも知れない。

出会いはそんな時に訪れた。私の必死の営業スマイルの甲斐も無く、生後二ヶ月が過ぎ、もう直ぐ「売れ残り」扱いをされそうな時に偶然、彼らがペットショップに来たのである。

その日、私は見る目の無い「人類」に愛想が尽き、お客にお尻を向けて「ふて寝」をしていた。「あ~あ、日曜日なのに今日も暇だなあ~!どうして彼らには私の魅力が分からないのだろう?」とたまたま振り返った視線の先に彼らがいたのである。

彼らは、真っ直ぐに私を見ていた。真っ直ぐに私を見ている、ということは訪問の目的は私との面会なのかも知れない。私は考えた。この狭い空間での無意味な生活を取るのか?多少、危険な香りはするが、彼らの家に引っ越し、新たな犬生の可能性に賭けるのかを!

結論は瞬時に出た。どんな奴の家でもここよりは、ましなはずだ!それに以前から、今度私に興味を抱いた人間が来たならば、どんな卑劣な手段を使おうとも、絶対に彼らの家に行く!と決めていたのである。

考えた理由は、ただ一つ!現在の飼い主♂の放つ、危険な匂いとただならぬオーラを恐れたからである。しかし、一緒の女性は私を優しげな視線で眺めていた!

これで私は決断したのである。それに私は飼い主♂と違い、勇気は売るほどに持っているし、絶対に奴に勝つ自信はあった。仮にどんなに虐待されようとも、私には耐える力も十分にあるのだ!

今となれば、私の判断は正しかった!我が家の全権は「その女性」が握っている、つまり現在の私の飼い主♂は我が家のα(ボス)ではなかったのである。(このことは以前にも書いたが、「鵜飼い」の「鵜」みたいな存在なのである。情けない!)

以前、私に飼い主♂が暴力を振るったときなど、必ず奴はボスにこっぴどく叱られていた。下手をすると「孤立」させられるのだ。「孤独」は人にも犬にも共通した「苦しみ」であるようだ。

そんなとき、我が飼い主♂は必ず、ボスに対し「意味不明の言い訳」をし、最後には謝罪していた。本当に学習能力が欠如しているのだ。同じ過ちを何度も繰り返していた。

そんな飼い主♂と私が「現在の関係」に至るまでには、私は本当に苦労した。涙なくしては語れないことも多い!そのことについては、次回、書くことにする。

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私の飼い主♂へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

次回もまた、乞う、ご期待!

もちろん、筆者は、私、「ゴル男」こと「BARDO」(バルド)である。

2008年3月13日 (木)

ゴル男、再登場!

今回は、文才の全くない私の飼い主♂に代わり、再度、私が筆をとることにした。

ちなみに私の正式な名前は「BARDO」(バルド)である。

さて、前回、私の事を私の飼い主♂はかなり下品な犬であるがごとくに書いたが、非常に心外である。そもそも「犬」とはそういう生き物なのである。

人類とて、私達「犬族」のように自由に生きる喜びを満喫すれば良いだけの話ではないか!何故、色々なことを隠したがるのだろうか?下手をすると自分の「心」を隠そうとする奴さえいる。非常に分かりにくく、かつ、不自由な生き物だと思う。

私は自由を愛する。所詮、「犬族」は「人類」の7分の1しか生きられないのだ。せめて短い犬生の間の自由は保証してもらいたい。多分、私の飼い主♂は、既に私の一生の5倍もの無駄な時間を過ごし、これからも2倍以上もの無駄な時間を過ごすのだから。

さて、本題に入ろう。最近私の飼い主♂はこのブログの中で、「犬の問題行動」について、やたら書いているが、そもそも「犬の問題行動」とは何なのか?私には理解出来ない。

「吠える」ことなのか?「吠える」ことは、我々「犬族」のご先祖筋にあたる「狼」には無かった行動で、人類と暮らすようになってマスターした「犬族特有の技」なのである。これを使って何が悪いのか?どこが「問題行動」なのか、明確に答えてもらいたい。

第一、心優しい飼い主さんは、脳天から抜けるようなカン高い声で「○○ちゃん、駄目よ!」と言って愛犬の行動を声高らかに褒め称えているではないか!それに比べて我が飼い主♂は私が来客を伝えるために吠えてあげても「はいはい、わかったよ」とぶっきら棒に言うだけで、私の美声に対して何の賞賛の声もあげようとしない。だから、私はあまり私の特技の披露はしたくないのである。

私の飼い主♂はいつも私のことを「何も出来ない」と言うが、「何が出来ない」のか教えてもらいたい。私には、「何をして欲しいのか」がさっぱり分からないのである。私自身、奴に劣ることなど何もない!と自負している。

彼は「物を見る」ことしか出来ないが、私は「感じる」ことが出来るのだ。彼は「視野にない情報」は何も分からない。しかし、私は、「匂い」から様々なことを感じることが出来る。過去の出来事ことさえくっきりと感じることが出来る。

犬族のおける職業犬の代表選手、警察犬などは、「見えない相手」を追うことを仕事としているではないか!多少、劣るとは言え、私にもその能力はあるのだ。

以前、私の飼い主♂が書いたように、「人」と「犬」の関係は、我らが「犬族」のご先祖様が「人」との暮らしを選んだから成り立ってきたのであって、決して「人」が選んだのではない!と言いたい。

だから、選ばれし者としての責任は果たしてもらいたいのである。犬の散歩や世話が大変!とぼやく前に、我々「犬」との変化に富んだ刺激的な生活をもっと楽しむべきではないのか?

「人」にとって「犬」が何を考えているのか分からないから興味が湧き、また、少しでも分かったときの喜びが多きいのではないか?私は好奇心に富んでいる。好奇心が満たされることは何よりも楽しいことだと思っている。

何故、人は楽しまないのだろうか?

我々は共通した言語を持たない。だから、お互いをよく観察しあう必要があるのだ。我々は「人」を十分に観察している。心理状態まで嗅ぎ分けることが出来る。

実際、「人」には何が出来るのか?二足歩行か?手を使って食べることか?

我々は四肢を大地につけ、決して転ぶことなく歩ける。

散歩の度に季節の違いを嗅ぎわけることが出来る。

「手」など使うこと無く食事が出来る。

決して「何も出来ない」なんてことはないのだ!

何も出来ないのはお前だ!と我が飼い主♂に叫んだところで、今回は終了する。

また、いつかどこかで、登場するので、それまで乞う、ご期待!

多分、次回は私の飼い主♂が、また、私の悪口でも書くのだろう!

そんな男だが、まあ、読んでやってください。

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月12日 (水)

犬のリハビリ

私達のドッグランが何か悩みを抱える仔の「リハビリ」仔達の場になっているのは、既に何回も書いたのですが、元々は、椎間板ヘルニアの仔=ゴル男のためのリハビリの場所だったんですよ。

だから、去年一月のオープン時から、しばらくはオーナーの「タロー家」、「はづうづ家」、「ゴル男家」の専用ドッグランだったんですね。まあ、たまに友人が遊びに来るものの、ほとんどそんな状態でしたね。

でも、それでも良かったのかも知れません。何故か、ゴル男は皮膚の状態が良くなり、今では湿疹ゼロの記録更新中だし、元来、食の細かった葉月嬢もドッグランでは何でも食べるようになったし。ただ皆で楽しんでいただけなのに、ワンコ達はどんどん良くなっていったんですね。(大きな悲しみもありましたけどね・・・)

最近では、色々な悩みを抱えるワンコ達も来てくれるようになり、最初とは違う意味での「リハビリ」ドッグランになってますけど、これも段々成果を挙げているので、私達もすごく嬉しいです。

概ね、リハビリ中のワンコ達に共通して言えるのは、「ワンコ同士のコミュニケーションの取り方が下手、分からない」ってことかな?「挨拶の仕方が分からない」、「遊びへの誘い方が分からない」、「誘われてもどう応えたら良いのか分からない」etc.。

こんな仔達が揃うと、「同時通訳のない国際会議」になっちゃうんですね。お互いに訳が分からなくなっちゃう。気持ちが通じないことから、お互いのストレスや緊張が高まって大騒ぎ!

これが、ドッグランで問題になったりするんですね。でも、これは私達「人間」には教えてあげることは出来ないんですよ。以前にも書きましたけど「ワンコ先生」の登場なんですね。私達のドッグランでは「葉月」「バルト」のツートップが活躍してますよ。ゴル男は「がらの悪い先輩」位かな?一応、奴なりの指導はしてますね。

ワンコ同士のコミュニケーションの取り方が下手と言っても、それでも飼い主さんにはすごく素直に訴えているんですよね。表情がすごく変わりますよね。「緊張」、「興奮」、「怯え」、「喜び」、「甘え」、私達が「犬語」を話せない分一生懸命素直に表現してくれますよね。それも身体全体で!

だから、私達飼い主は、それをきちんと理解してあげないといけないですよね。飼い主さんが理解してあげることで、いらぬトラブルは未然に防げるんですよね。誤解しては絶対にいけないんですよ。そのためには、日頃の愛犬とのコミュニケーションが大切になってくるんですよね。そして、何よりも「絆」を強めることですね。

そうなれば、たとえ、何か問題があっても治すのが簡単になるんですよね。

だから、皆さん「愛犬コンタクト」は重要ですよ!お互い頑張りましょうね!と振り返れば我が家のゴル男君は私とのコンタクトよりもカミさんの膝枕で寝ることが好きなようです。

イビキをかきながら、おならし放題で寝てます。ということで今回はこの辺で終わります。

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月11日 (火)

先週のドッグラン

さて、先週もドッグランをやって来ました。まあ、私は、日曜日は欠席だったのですが、土曜日は行って来たので、そのことを書きますね。

土曜日は、今回二度目のワンコがいて、この仔が「イダ天姫」って感じなんですね。走る!走る!かなりの勢いですよ。リードオフと同時に一直線に走り出すんですが、その先にワンコがいるって状態なんですね。

先週、第一回目の様子を見てから、私達管理人が協議した結果、しばらくは「イダ天姫」専用のスペースを作ろうということになり、朝から専用スペースを作りました。

私達のドッグランはリハビリ中の仔達の利用が主なので、何かがあってからでは遅いという理由で作ったんです。まあ、転ばぬ先の杖みたいなもんです。

私達もドッグランの作り方に慣れて来たせいか、親方(葉月パパ)の指示に従って、結構、簡単に作れるようになっていて、若干予定時間はオーバーしたものの、取り外し自由のスペースを作りました。(私は、ほとんど戦力外で雑用専門ですけどね)

最後の仕上げの少し前に「イダ天姫」登場!ここで、私が過ちを犯しました。実は、まだ、メインのドッグランとの仕切りが完全には出来ていなかったのにリードオフしてしまったのです。

ここから先が「イダ天姫」の賢いとこなんですが、わずかな隙間からメインのドッグランに侵入、猛ダッシュを始めてしまいました。まあ、パパの制止で何事も起きなかったんですが、私自身、反省、反省です。

「イダ天姫」専用スペースも完成し、いよいよ本格的なリハビリ開始です。姫の担当は私なので、先ずは私と遊んでもらうことから始めました。でも、これが結構きつい!直ぐに息が上がりましたね。そこでパパママに交代してもらい、私は離れた所から様子を拝見したりしてました。

結果、私なりに姫の大きな変化を見れて、大満足!詳細は省きますが、パパママにお願いしていたことの効果が現れていて、「これなら大丈夫!必ず、みんなと同じドッグランで楽しい時間を過ごせるようになる」と確信しましたね。ここで、根拠を書き始めるとまたまた「大長編ブログ」になってしまうので、省略しますが、自信はありますよ。

それに、後日談もあって、昨夜、ママからメールで「イダ天姫」にまたもやの変化が起きたとのこと。それも、もちろん良い変化の兆候が!益々、次回のドッグランが楽しみです。

もう、何回も書いているので、私達のドッグランが普通のドッグランとは少し(かなりかも知れません・・)違っていて、単にワンコが走り回る場所ではなくて、人もワンコもみんなが一緒に楽しく過ごせるようにするための場所なんですよね。

だから、「ドッグラン大好き!毎週行ってます」なんて仔には無縁な場所なんですね。「行きたいけど、不安」「行ったけど散々」なんて飼い主さんやワンコに練習の場として利用してもらう場なんですよ。

最初は必ずトラブルが起きます。もちろん、最小限に留めていますけどね。でも、それも練習なんですよね。私達は「ワンコのことはワンコに任せる」を基本にしていますし、そのためのワンコ先生もちゃんといますしね。

先ずは、管理犬達と一緒に過ごしてもらいます。それから、他のリハビリ中の仔とも過ごすようにします。これをゆっくりと実行して行くのですが、正直、ワンコの学習スピードに人間がついていけないのが問題かな?

だから、私達管理人は毎週、次週のメニューの打ち合わせを長時間してますね。ドッグラン終了後、メール、電話、結局週末まで掛かることが多いですね。色々なパターンを想定しますけど、実際、ワンコ達は想定どおりの行動をするので、ほっと一安心なんてことが多いですね。

でも、飼い主さんはそうはいかないんですね。長年の苦労からなんでしょうけど、中々、愛犬の進歩を信じられないみたいです。

一応、飼い主の皆さんも、このブログを見ていただいているようなので、苦言を呈しておきますね。もっと愛犬を信じて下さいね!

サラはもう卒業!トレももう少しで卒業!なんですから!

でも、まだ、初心者マークなので油断はしないで下さいね。私達のドッグランでの経験を活かしていただければ大丈夫、ということですから。

かなり、身内の話になってしまいました。反省、反省。

さて、次回は、こんなドッグランのことをまたまた書きますね。

ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月10日 (月)

犬だから・・・

少し間が開いてしましましたが、前回の続きです。何故、犬は飼い主に誉められることを喜び(報酬とも言いますね)と感じるのか?というテーマで書きますね。

最初に「犬」と「人」の出会いみたいなことから書きますね

「いえいぬ」の起源については、概ね1万4、5千年位前に遡るようですね。また、古い祖先は「狼」ということで落ち着いているようです。でも、その進化に関する見解は色々あるようで、ミトコンドリアDNAからは、およそ13万5千年前に「狼」から別れ、独自の進化を遂げてきたと言われています。まあ、これが簡単な起源みたいなところです。

では、何故、「犬」が「人」と暮らすようになったのでしょうか?「犬」は最初に「人」が「家畜化」した生き物とされています。人が「捕獲」して飼育したのでしょうか?それは違いますよね。概ね1万5千年前と言えば、人がようやく集落を作ったころだと思いますし、当時の人が最初から「犬」を「捕獲」して「飼育」して「家畜化」することを目的とした、とは考えにくいですよね。

私はこう考えます。実は「同居」を「選んだ」のは、「人」ではなくて「犬」の方だと。つまり、人類の側で暮らそうと思ったのは「犬」の方が先で、その後、「人」が「同居(共生かな)」⇒「家畜化」を考えたってのが正解なんじゃないかなあ~と思っています。(同じ見解は色々な本にも載ってますよ)

第一、「犬」の走力に「人」はとてもかなわいし、「生きたまま捕まえる」なんて無理だとは思いませんか?だから、当時から「人」との生活は「犬」にとって魅力的な生活だったんでしょうね。「人」からしても「残飯」を食べて周囲を綺麗にしてくれるし、周囲に何かあれば教えてくれるし、非常に有益な「生き物」だったと思いますよね。

こう考えると、結構昔から「人」と「犬」との「絆」はあったんだと思うんですよね

それから、次第に「人」は「犬」に仕事を与えるようになって、そのために適した犬種まで作り出したんでしょうね。まさしく「作った」んですよね。だから、「犬種」の特性なんてのが存在するんですよね。

でも、現在、私達の周りにいる「犬」の多くは「失業中」なんですよね。「仕事」がない!

私は「定年後」の生活にあこがれる「窓際族」ですが、実際に「退職」したら、多分、しばらくの間は、日々何をしたら良いのか悩んだりするものの、結局、毎日毎日何をするわけでもなく、ゴロゴロしているだけで時間を無意味に過ごし、挙句、カミさんに迷惑がられる「粗大ゴミ状態」になるのかも知れませんね。

でも、多くの「犬」の生活は、そうなんですよね。完全失業中、それも生まれた時から!

「犬」は「狼」ほどではないにしても、やはり、少数の群れ⇒「家族」での生活をするんですよね。野犬の生活は、そのようですよ。この点は「人」と同じ。

だから、一緒に暮らしていれば、「犬」が「人」を同じ「群れの生き物」、同じ「家族」と考えるのは「ごく自然なこと」だと思うんですよね。でも、「犬」は「人」を変な「犬」だと思っているようですけどね。

まあ、理屈はなんでも良いんですけど、結果、「人」と「犬」は一緒に暮らしているんだから、表現は「リーダー」でも「親」でもどちらでも良いんですけど、「人」が「犬」に何かを与えなければ、「完全失業中」の「犬」の生活は、かなりつまらないものになりますよね。

「番犬」でもよし、「留守番犬」でもよし、獲物のレトリーブ(回収)の代わりに「ボール遊び」でもよし、何かを与えてやるべきじゃないでしょうか?飼い主さんの横にきちんとついて歩く「散歩」も立派な仕事ですよね。「無駄話の相手」なんてのも良いですよね。

そして「お仕事」のあとには「報酬」ですよね。仕事を成し遂げた喜びの他に「報酬」までもらえたら最高ですよね。まあ、私の場合は「報酬」があっての「仕事」ですけどね・・・

では、「報酬」とは何か?難しい本には、最高の報酬のひとつとして「社会的に優位に立つ者と絆が強まること」と書いてあります。

結局、飼い主さんとの「絆」が強まることは、それ自体が「報酬」になるんですよね。だから、この関係を作ることが大切!これがないと「おやつ」をもらっても「食べる喜び」は満足出来ても、飼い主さんとの「絆」は強化されないでしょ。また、難しい表現を使うと「一時的報酬」「二次的報酬」と言うんですけど、とにかく私達の「愛情表現」が一番重要なんですよね。「誉める」、「撫ぜる」、「一緒に遊ぶ」、私達の全ての行動が「犬」との「絆」を強めることになると私は思っています。

結局、「犬」にとっては、「すべき事(仕事)」と「報酬(飼い主の愛情)が必要だと思いませんか?私は、そう思ってます。そう考えると「ゴル男の破壊活動」も私達夫婦が作り出してしまった「仕事」なのかも知れませんね。

今回は、なるべく私の考えを分かりやすくお伝えしようと思って、少し回りくどい表現になったのかも知れませんが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

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次回は、先週のドッグランの様子を書きますね。

次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月 6日 (木)

頭の中は?

時々、思うんです。一体ゴル男は何を考えてるのかなあ~?って。

皆さんも考えることありませんか?愛犬が何を考えているのかなあ?って

多分ゴル男の場合、一に「喰うこと」、二に「遊ぶこと」、三に「寝ること」ザッツオールってとこでしょうね。ほんの少しだけ私達のことも考える・・・というより、たまには考える程度かな?

まあ、当たらずとも遠からずでしょう。別に自分達の存在を卑下してるつもりもないんですが、ゴル男の日常から考えれば当然のことでしょうね。

毎日のようにお留守番なんだし、そんな時は「寝る」しかないし、私達がいるときには満足するまで「遊び」たがって、満足すれば、また「寝る」。そして毎日、同じ時間に二回の食事。そんなことの繰り返しなんですから当然ですよね。

それにめったに無いことですが、何かをした時のご褒美は「食べ物」だし、ゴル男の頭の中のほとんどは「喰う、遊ぶ、寝る」で間違いないでしょうね。

じゃあ、何故、ゴル男は私達との「遊び」が好きで、たまに気が向いたときには「言うこともきく」んでしょうね。不思議だとは思いませんか?

「私達が素晴らしい飼い主だから!」なんてことは間違ってもありませんね。私は自分勝手にゴル男と遊ぶだけで、ゴル男の要求に応えて遊ぶことは全くないし、カミさんも時間があるとき以外は遊ばないし、とにかく私達の都合で遊んでるだけなんですから。

よく「しつけ本」に書いてある「飼い主に誉められることが好き」みたいな事。何故なんでしょうね?その事にどんな喜びがあるんでしょう?確かに誰でも誉められることは好きですよね。(私は大好きですよ。)ワンコも同じなんでしょうか?

これって深みにはまるパターンなんですよね。私も以前はよくはまりましたね。

なかなか決定的な理由が見つからなくなるんですね。

結果、私は自分なりの理由を考え出しました!

それは「ゴル男が犬だから!」

では、何故、犬は飼い主に誉められることを喜び(報酬とも言いますね)と感じるのでしょうか?

とここまで書いて言うのもなんですが、今日は時間がないので、次回書きます!

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

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次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月 5日 (水)

やっぱ、変かな?

「長い、長すぎる」についてご意見ありがとうございました。まあ、これからもマイペースで書いていきたいと思ってますので、よろしくお願いします。

さて、今回のテーマ「やっぱ、変かな?」なんですが、実はこれ、私達のドッグランの光景なんですね。

確かにドッグランの中で色々な物を調理して、ワンコと一緒に食べてるなんて、かなり変かも知れませんが、今日のお話はそのことでもないんですよ。

今までにも何回も書いて来たので、既にご存知とは思いますが、私達のドッグランの利用者は、悩める飼い主さんや何か苦手なことのあるワンコ達なんですね。

だから、必ず事前に予約していただくこと、そして少数利用に限らせていただくことになるんですね。

結果、ドッグランにはそういった仔が複数、なんてことにもなるんです。まあ、その分、管理犬達はノンビリしてる仔ばかりなので、ちょっと見ではあまり人気の無い普通のドッグランに見えるかも知れませんが・・・

でも、実情は大違い、飼い主さん達の心臓はかなりバコバコしてると思いますよ。ワンコ同士が近づいた瞬間とかすれ違うときとか、かなりの緊張感があると思います。

中でも、お互いの「匂い嗅ぎ」が始まったときなんかは、緊張感の極致だと思います!!

ここからが、私達のドッグランの「変なところ」なんですね。何事もなく無事にお互いが離れた瞬間、一斉に拍手と歓声が起きるんですね。結構、盛り上がりますね。

もちろん、私達管理人も「○○、偉い!」なんて言いながら自然と拍手したりしてますよ。その場の雰囲気からすれば、何の違和感もないんですけど、こうやって冷静に考えてみると、やっぱりどこか「変」ですよね。

「競技会」とか「ドッグショー」でもないのに、ただ、歩いているワンコ達に「拍手と歓声」が起きるドッグランなんて!

自分でも不思議な感じがしますね。でも、これが正直な気持ちでもあります。多分、その場にいた全員の気持ちも同じだと思いますよ。

私は最近とみに涙腺が弱くなって来ているので、「お前、成長したな~!」なんて思うと素直に感動して、何かジーンとしたりしますよ。だから、私のサングラスはドッグランの必需品なんですね。

私の感動の理由は、簡単です。悩める飼い主さん達と同様に私も元破壊王のゴル男を大切な家族として一緒に暮らしています。だからこそ、それまでの飼い主さんの辛い気持ちがすご~く良く分かるから感動するんですね。

皆、家では良い仔なんですよ。ただ、外に出て、見知らぬ人に出会ったり、ワンコと出会ったりすると、興奮したり緊張したりするだけなんですよね。

先方にも自分のワンコにも嫌な想いはさせたくない!結果、自由にして上げられなくなる、益々、シャイな部分が強くなってしまう。多分、その繰り返しだったんだと思います。本当に大変だったと思いますよ。

そして自分の目の前で、今までと違う愛犬の姿を見たら「拍手や歓声」なんて当然ですよね。お肉だって、お好み焼きだって、おでんだって、焼き芋だって、何だってあげたくなりますよね!「偉かったね!頑張ったね!」ってね。

ん?これは少し問題かな?でも、楽しければ何でもオッケー、オッケー。元々、食材も全て犬仕様なんだし、どちらかと言うと人間がおすそ分けしてもらってる様なもんなんだから。

さて、今週から、また、新しい仔のリハビリが始まります。前回一度来てもらったので、飼い主さんからお話も伺ったし、実際の様子も拝見したので、今は、管理人同士で対応を協議中です。

私達管理人は全員が「素人」です。普通の飼い主に過ぎません。だから、最初はとにかくワンコの行動をよく見ます。何が苦手なのかを見ます。(結構、役割分担も出来ているんですよ。)

そしてドッグラン終了後に焚き火を囲んで意見交換をします。お互いの見解に違いがないかを確認します。何が問題なのか、何が原因なのかを結構時間をかけて話し合います。

当日、結論が出なければ、電話やメールで協議を継続します。そして次回からのメニューを決めます。とにかく一生懸命考えます。原因を考えるために本もたくさん読みます。ただし、しつけ本は見ませんよ。動物行動学とか「犬」についての本ですね。

だから諦めませんよ!必ず、その仔がみんなと普通に一緒に居られるようになるまでは!飼い主さんを応援しながら、一緒に頑張るつもりでいます。

私は以前、入り浸っていたカフェで何人かの訓練士さんやトレーナーさんから「犬の問題行動の矯正」について、お話を伺ったことがあります。

でも、話の中身は寂しいものが多かったですね。「飼い主が自分が教えたとおりにやらないからいけないんだ」という事が多かったです。でも、そんな時、私は「この人には、ワンコを家族として暮らす人の気持ちが分からないのかも知れない」と思いましたね。

もちろん、全ての訓練士さんやトレーナーさんがそうだとは言いませんよ。人によると思います。色々な方のお話から素晴らしい方もたくさんいらっしゃるのは承知しています。

確かに「犬」を「犬扱い」するのが、一番簡単な「躾の方法」だとは思います。そのことを否定するつもりは全くありません。

でも、私は誰に何と言われようとゴル男は私の大切な「家族」だと思ってます。もちろん、ゴル男が箸を使ってご飯を食べるわけではありませんし、二本足で歩くわけでもありませんから「犬」という生き物であることは尊重しています。だから、もちろん、気持ちの上でのお話です。

とにかく、そういった「専門家」が望む「犬の姿」と私がゴル男に望む姿は明らかに違うんですよね。私は、家の中で自由に過ごしているゴル男が好きです。たまらなく可愛いと思ってます。私はゴル男に「芸」を教えたことはありません。教えようとも思いません。だから、ゴル男は「お手」も出来ません。

でも、一緒に暮らすうえでは、何の支障もないんですよね。ドッグランで私が呼んでも気が向かない限りは全く来ません(これは、問題だな)が、私の事は大好きだと思っています。多分・・・

ゴル男は誰とでも同じ空間で過ごすことは出来ます。喧嘩もしません。私の姿が見えなくなれば、必死で探しています。追いかけて来ます。困りごとも多いですが、可愛い奴です。

多くの飼い主さんは私と同じ考えではないでしょうか?少なくともWan’s Lifeのメンバーには共通した考えです。ただ、ワンコと一緒に楽しく暮らしたいだけなんです。

もちろん、私は決して「躾」とか「訓練」を否定するつもりはありませんよ。「躾」は絶対的に必要なことだと思ってます。

私がよくお邪魔するブログの方は、「訓練」をワンコと一緒に楽しんでなさってます。とても素晴らしい!と思って毎回拝見しています。そして大切な家族として一緒に暮らされているようです。(いつも微笑ましい姿が拝見出来ますから)

だから、厳しい「躾」や「トレーニング」じゃなくて、飼い主さんとワンコが楽しみながら、「社会のルール」や「それぞれの家庭のルール」を教えてあげればいいんですよね。

私はワンコと飼い主さんの「絆」が一番重要だと思っています。決して「名犬」でなくとも、一緒に何かをするでもよし、ゴロゴロするでもよし、とにかくパートナーとして過ごすのが一番じゃないかと思っています。

どうでしょうか?とにかく一緒に楽しむことが一番ですよ!

既にお馴染みとなりましたが、今回もまた、テーマから大きくそれたエンディングとなりました。もう、馴れていただけましたよね。すいません。

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

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次回のテーマは未定ですが、

次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月 4日 (火)

長い!長すぎる!

実はこれ、私のブログに対する友人家族の意見です。

やっぱり長いか?確かに色々な方のブログを拝見すると可愛い写真が必ず載ってて、文章も優しいし、私のこのブログとはかなり違う!

タイトルも「ゴル男のダンディズム」となってはいるものの、ゴル男にダンディなとこなんて全くないし、もちろん私にも。

大体、このタイトルも私がゴル男が幼い時に人前で叱ったりしたときにカミさんが「そんなことしたら、ゴル男のダンディズムが・・・」と言ってたのがそもそものきっかけなんですね。

大イビキをかき、おならをブーブーしながら寝てるゴル男にダンディさなんて・・・まあ、私も全く同じですが。しょっちゅうカミさんに「臭いなあ~!どっち!」なんて言われてるコンビなんで、まあいっか!

まあ、このように自分なりの問題意識はあるのですが、こうまで周囲の連中に言われると、ついつい意地になって、内容を改めるなんて気持ちには少しもならず、学生時代に単位を取得するための得意技、試験の際の「質より量で『良』を取る」みたいな気分。

というわけで、今回は私が結構前に「つもり違い十か条」のワンコバージョンを書いたことがあるので、それを載せておきます。< >内が私の書いた文章です。結構、反抗的な文章なので、笑って許して下さい。

高いつもりで低い教養

<犬談義、名人ばかりで犬自慢、何も生まれず時間過ぎ>

低いつもりで高い気位

<忠告をいやみと受け取るあさはかさ、問題起こせば、みんなワンコが悪いのよ>

深いつもりで浅い知識

<うんちくを語るネタ元みな同じ、横でワンコは大あくび>

浅いつもりで深い欲望

<バカ犬バカ犬といいながら、努力もせずに 夢は名犬ラッシーか?>

厚いつもりで薄い人情

<この仔のためにと言いながら、 下の仔溺愛何のため?>

薄いつもりで厚い面皮

<落し物、いったい誰のものよ?と通り過ぎ>

強いつもりで弱い根性

<犬のしつけは根気よく! 根気よくと言いながら、本屋で探す次の策>

弱いつもりで強い自我

<学習は犬におまかせ、 何が何でもわが道を行く人>
 
多いつもりで少ない分別

<うちの仔は大丈夫!だから何でもやり放題>

少ないつもりで多い無駄

<毎日の散歩の手間を嘆く人、わんこは願う井戸端会議のない散歩>

多分、皆さんには無縁の内容だったと思いますが、気分を害されてとしたら、許して下さいね。

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

次回のテーマは未定ですが、

次回もまた、乞う、ご期待!

                              
          

2008年3月 3日 (月)

やってきました!

さて、土日ドッグランやって来ました。

今回は、今まで個別に遊んでもらっていた仔達に同時に遊んでもらいました。

まあ、結果は人間達の心配をよそにワンコ達は結構楽しんでいたみたいです。

写真を送っていただいたので、今回は、その時の様子をお知らせします。

ただ、新しいお友達のショコラちゃんはみんながドッグランにいるときには、外からの見学だったので写真はありません。まあ、管理人のワンコ達とは遊んだので、ご本人(犬)は緊張の中にも結構満足してくれたと思います。

パパやママは心配、心配で大変だったとは思いますが、他のワンコ達もみんな最初はそうだったので、そう遠くない将来、みんなと遊べるようになると思います。

これからが楽しみです。

というわけで今回は写真ばかりの記事になってます。

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飼い主さん大緊張の瞬間!でも、大丈夫でしたよ

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食事前、みんなそわそわ、ちなみに本日二度目

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管理人のいたずらです!

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2008年3月 2日 (日)

格闘の仕方

今回は、以前、私が「神の手復活」で書いたゴル男との格闘の仕方について書きますね。実は、どうやってるの?と聞かれたりしたもんですから・・・。今回書かせてもらいます。

実際のやり方はすごく簡単なんですが、よく「フレンチブルドッグひろば」にある「噛み付いてくる」なんて問題の対処にも役立つと思うので書くことにしました。でも、これは、「咬まれないテクニック」で「止めさせる方法」ではありませんからね。念のため。

先ず、左手(私の場合は左手です)の手首を曲げて親指の付け根の下のふくらみをゴル男の口元に当てるようにします。当然、ゴル男はここに前歯を当てにきますが、その際に、残りの4本の指でゴル男のあごの下を指で巻き込むようにして掴みます。(ちょうど、柔道で襟を掴むような感じで、指先を巻き込むようにします)

そしてゴル男の歯が強く当たる(噛む)ようでしたら、あごの下を掴んでいる4本の指に力を入れてゴル男を引き寄せます。ゴル男の噛む力が弱まります。

もっと制御したい時には、左手はあごの下を掴んだまま、さらに、右手で首(背中)を掴みます。掴んだ右手で首の皮ををひねるようにするとゴル男は腹をだして寝転がるようになります。

まあ、こんな風にしてますね。

ポイントは、とにかく先ず下から手を当てて、必ずあごの下を掴んでいることですね。そしてその掴む力の強弱でコントロールするのが一番簡単だと思いますよ。

でも、くれぐれもワンコが向かって来ることが前提ですからね。ワンコを追い詰めて下手に手を出してこれをしようとすると的が定まらずに「咬まれるだけ」なんてことも有り得ますから注意して下さいね。

ちなみに私は、ゴル男が興奮してる時にだけやります。家の中でも外でもやりますよ。これを見た友人曰く「みるみる左手が腫れていくのが分かる」そうですから、痛くないということはありません。

だから、お薦めはしませんよ。でも、これ位の迫力で立ち向かわないとかつて破壊王と言われ、17kgもある巨大なフレブルが興奮していたら、制御出来ないと私は思ってます。

そして格闘終了時には、私が立ち上がり、ゴル男に「お座り」「伏せ」「待て」をさせます。これで完了!ゴル男は何事も無かったように普通に戻り、ある時は「寝」、また、ある時は自然に動き回るようになります。

まあ、本当にお薦めはしませんが、「咬まれる」なんてことで悩んでいる方には、我が家の方法としてお教えしておきます。

どんな本にも書いてない私オリジナルの方法なので、あまり参考にはしないで下さいね。私が言いたいのは、決して怯まないで欲しいって事だけですから。方法なんて何でも良いと思いますよ。ただ、棒とか新聞紙とかで叩くのは止めてもらいたいと思ってますけどね。やっぱり自分の体で立ち向かって(猛獣じゃないんだからこの表現は変ですね、まあ、気持ちの問題としてです)欲しいですね。

さて、今日も、ドッグランの日です。

なお、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

次回もまた、乞う、ご期待!

2008年3月 1日 (土)

春よ、来い!

さて今日から3月ですね。私達がドッグランを始めてから2度目の春も間近です。

ドッグランを始めて今日まで本当に色々なことがありました。私自身も父を亡くしましたし、仲間のワンコ達も随分と逝ってしまいました。

私も歳のせいか、かなり涙腺がゆるくなっていて、その都度、随分涙を流しましたね。去年は、数十年分の涙を流したと思います。ガンで亡くなった仔、年老いて亡くなった仔、若くして突然旅立ってしまった仔・・・

パパやママ達はもっとたくさんの涙を流されたんでしょうね。多分、今でも亡くなった仔を想う気持ちは少しも変わっていないと思います。私ですら、まだまだですから・・・。でも、皆さん、普段は気丈に振舞ってらっしゃいますけどね。

何故か、悲しいことは何回もやってくるんですよね。来なくてもいいのにね。でも、必ずやって来ちゃいます。ワンコでも猫でも必ずです。私達の宿命とはいえ、きついですよね。

だから、普段から、楽しいことは自分達で作らないと駄目ですよね。何がなんでも楽しまないと。ワンコでもニャンコでも一緒にたくさん楽しいことをしましょうね。

そんなことを考える今日この頃です。

さて、去年は悲しみの涙ばかりが印象に残ったドッグランでしたが、それでも秋口からは新しい仔達も遊びに来てくれるようになり、俄然明るくなって来ました!

もちろん、問題を抱えている仔達もいて、飼い主さんの中には大変な想いをされてきた方もいらっしゃいますが、皆良い仔ばかりだから、直ぐに何の問題もなくなると私は思ってます。

それに暖かくなれば、寒さに弱い仔達もドッグランに遊びに来てくれるでしょうから、本当に「春よ来い!」早く来てくれ!って感じです。

そして、皆で楽しく過ごせたらと思ってます。

そんなところで、今日もドッグランをやってきます。先週は強風のために「食べる」楽しみがなかった分、今週はたくさん食べたいと思ってます。

さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、

Wan’s LifeのHPhttp://wans-life.org/の相談室からお願いします。

次回のテーマは未定ですが、

次回もまた、乞う、ご期待!

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